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共鳴
おれは猫だ。おれはおれの道を行く。
おれはおれの為すべきこと、為すべからざることを知っている。
目覚めの季節が来て、天道の熱が日増しに強くなってきた、と、思ったところへ、雪が降った。
こんなものを見るのは、ずいぶんと久しぶりだ。多分、この前降った時には、おれは生まれて1年経たない、ほんの仔猫だったんじゃなかったか。
「この地方でも、降るんだね、雪……」
夜、小さい青い火にあたりながら、もしゃもしゃはぼんやりした顔で、外の雪を見つめる。
おまえ、初めてか?
「ううん。オイラの生まれたのは、ここよりずーっと北で、冬になると毎年、地面が見えなくなるまで雪が積もるところなんだ。それに……奏くんが入って行った森にも、雪が、どっさり、積もっていたよ……。」
また、その名前か。影が増えるから、もうよせ。
「明日は、捜索が打ち切りになった日でね……。」
よせと言ってるだろう。
「しあさってが、一応、命日ってことになってるんだ。だからあの人、学校までオイラをつかまえにくるね、多分……。」
そう言って、もしゃもしゃは青い火を消して、入り口から、外へ這い出す。
おい、危ないぞ。おれのヒゲから出るな。外は、影どもでいっぱいだ。
「逃げたい……。逃げ出したい……。」
毛皮のない体を、雪まじり、影まじりの、冷たい風に晒しながら、もしゃもしゃは呟く。
風と一緒に影が、どんどんもしゃもしゃの体へ入りこむ。体の中で、黒く凝る。
だめだ、もしゃもしゃ。影ども、出て行け!
「ここを出て、どこか、遠くへ……。あの日、奏くんが目指した……別世界……」
行くな!
入りこんだ影が、塊になる。腹の中で膨らんで、あたまに取り憑く。
ああ、これはもう、だめだ。
おれが諦めかけたその時、もしゃもしゃは、すっと片手を挙げて、胸を押さえた。
そして、おれが今までに聞いたことのない、新しい声で、叫んだ。
「僕らが、僕らのまま、いい子でいられる世界へ……!」
こおおーん、と高い音。
おれの耳に聞こえる範囲でも、最も高い音。
もしゃもしゃの耳には、おそらく聞こえていまい。だが、この娘……なんというニンゲンだ。
影どもが泣いている……いや、歌っているのか? あんなに無防備に開いた体の中へ、もうこれ以上、入っていこうとはしない。先に入っていた塊が、白く昇華していく……。
おれは猫だ。おれは、おれの道を行く。
おれは、おれの為すべからざることを知っている。
翌朝、ふとんの中が、妙にあったかいと思ったら、もしゃもしゃの体が、熱くなっていた。
まあ、あれだけのことをやったんだ。これくらいで済んで、御の字というものだ。
大丈夫か? 今日は一日、ふとんの中にいろよ。おれが鳥でも取ってきてやるよ。
「ううん。学校行くよ。多分、保健室で寝かせてもらえるから……」
雪が吹きこんで、もしゃもしゃの服は、冷たく湿っている。
それを着込んで、もしゃもしゃは出ていく。いつもの大きな建物に。
あいつは毎日、あそこでなにをしているのだろう。
あいつも、あいつの仲間たちも、のっぽも、みんな毎日、なにをやってるんだろう。
おれは猫だ。おれは、おれの世界を出られない。出るつもりもない。
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