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現実なんか見たくない。
メガネっ娘の鈴ちゃんは、遊佐というもっさりした野郎とつき合い出したようだ。今も隅っこのほうで、同じ皿のチーズケーキをつつきながら、しあわせそうに笑い合っている。
沢渡さんは、最初から勘定にいれてない。かわいくないわけでも好みじゃないわけでもなく、絶対無理! というオーラが、最初からばりばりに発せられている。
新入りは5人。そのうち、女の子は二人だけ。晴一郎に聞いたところでは、ひとりは思想研究会とかいう、わけのわからん部に入った1年生で、長い黒髪を三つ編みのおさげにして、黒ブチのメガネをかけた、見るからに生真面目そうな女子。これはどうも、祐介の趣味にはほど遠い。
もうひとりは、電車から降りる時、ぴりかちゃんを連行してきた、やたらノッポの女の子。連れて歩くには背が高すぎるような気もするが、顔立ちは結構かわいい。
ちょっと、話しかけてみようかな……と、思ったら、祐介と同じような消去法で、同じ結論に達したのだろう、井上と古田のダブル独り者あんちゃんどもが、下心丸出しの笑顔で、すでに両側に張りついている。
「いやー、かわいいのう。」
「すらーっとして、モデルさんのようじゃ。」
「何センチあるんじゃ? 180は行っとるじゃろう。あの人に似とるのう、あの……」
「なんじゃ井上、なんぞ、おかしなビデオに出とる女優さんと違うじゃろうな。」
「違うわ、あほう。選手じゃ、木村じゃったか? ……ほら、バレーボールの!」
女の子の顔が、だんだんとこわばっていく。じりじりと後ずさりして、とうとう壁際に押しつけられてしまう。
「あー、似とるのう! ほんまじゃ!」
「もしかして、やっとったんか? バレーボール。」
「そうかあ。そうでなければ、こんなにも背は伸びんよなあー。」
野郎二人、競い合って声を大きくしていくが、女の子は逃げ出さない。きっと気が優しくて、相手を傷つけるかもしれない拒絶的な行動には、出られないタイプなのだろう。
なんか、ムカムカしてきた……。同じアプローチをとるかもしれなかった自分のことは棚に上げ、ぶん殴るつもりですーっと近づいていく。すると、祐介が拳を固めるより先に、あのトガリ頭の1年生が、素っ頓狂な声をあげる。
「やーだなー。こーいう田舎に生まれると、脈あるかどーかぜんっぜん読めねー、見境のない非モテに育っちゃうんだ。」
井上&古田、顔豹変。思いっ切り、下界の商店街でカツアゲしてた高校生の頃の顔。なに現役に対抗心燃やしてんだか……ちょうどぶん殴ろうと思っていたところでもあるし、加勢して一緒に暴れよっかな、と思ってトガリ頭を見て、やめる。顔のいい奴を手助けしてやるほど、優しゅうないわい。
「なんじゃコラ、おまえ。」
「おれらのことか? それは……」
「ハア? 僕、なにか失礼なこと言いましたかあー。」
トガリ頭、明るく返事しながら、表情をビシッと決める。顔の優位が威嚇になりうることを、よくよく心得ている。お手並み拝見、と腕を組んで、高みの見物態勢に入る。
と、瑛兄が、静かに進み出て、3人の脇に立った。
「なにか不都合がございましたか、お客様?」
振り向いた井上&古田、ざーっと青ざめ、腰砕けになる。態度も言葉遣いも、普段、店の客の前に立つ時と全く同じ。それで顔だけが昔の瑛兄なんだから、はっきり言って、むちゃくちゃコワい。
じとーっとした沈黙の後、ガマガエルのように脂汗を垂らした井上のあんちゃんが、ビシッと頭を下げる。
「スマセンっ、瑛一さん……」
「そちらは?」
「はいっ! スマセンっ!」
古田も、裏返った声でワビを入れる。そこで瑛兄の視線が、今度はちらりっ、と、トガリ頭の方に飛ぶ。
「俺!?」
井上&古田のへいこらぶりを見て、や~い、と笑っていたトガリ頭が、仰天して自分を指差す。
「えっ……えー……と。あ、撤回します、育った土地関係ないっす……」
「結構。」
鷹揚に頷いて、くるりと踵を返し、ノッポの女の子のところへ行って声をかける。
「行儀が悪うてすまんな、なにか取るか?」
「い、いえ……」
「これもう、長いこと空いとる。」
さりげなく、女の子の手から皿をとり、新しい皿に料理を盛って手渡す。
「うるさいのにかまわれて、食べる暇もなかったのう。すまんかった、すまんかった。」
「あ……ありがとうございます……」
うわおぅ、とトガリ頭が感嘆の声を上げる。いつの間にか、また祐介のすぐ横に立っていた太賀と高杢が、
「瑛一さん、大人だねー。」
と、心底感心した様子で、ため息まじりに呟く。
おれなんか……
急速に、昨日の卑屈な気分に立ち返って、祐介は思う。
おれなんか、なにかを新しく始めたりなんか、絶対にできんのじゃ。
どこへ行っても、結局『あの本宮の弟』でしかない。どっちかっちゅうと瑛兄より、井上や古田の方が、おれの未来としては近いんじゃ……。
もう、出よう。ちょっとバイクで飛ばしてこよう。そう思って、誰にも顔を見られないように俯きながら、出入り口へと踏み出す。
同時に、かりん……とベルが鳴って、店のドアが、外側から大きく開かれた。
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