minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

4

  巣

 

 

 死ぬ思いで、なんとか授業だけは受け通したものの、部活をしに桃園会館へ行くのが、すごくしんどい。

 今朝のあれは、本当に、現実にあったことなのだろうか?

 というか、今日、ちゃんとリアルワールドを生きてるか? 僕。

 行こうか、帰ろうか、さんざん迷いながら、惰性で林の中を、ゆったらゆったら歩んでいると、遠くの方で、地面にかがみ込んでいる天野の後ろ姿を発見する。

 なんだ? なにか、ヘンなものでも落ちてるのかな?

 毎日同じ教室から、同じ桃園会館へ向かうというのに、今まで一度も、一緒になったことがない。天野から声がかかることはまずないし、竜之介の方でも、多分、あいつはそーいうのヤなんだろうな、と、始めから決めてかかっている。

 でも、もしかして……と、今日のことで、竜之介はほんの少し、考えを改めたのだ。

 あいつって……こういう場合、クラスメイトはちょっと一緒に行ってみたりするものだ、なんていう概念が……概念というと大げさだけど、そういう感覚が、ハナっから欠落してるだけで、こっちから言いさえすれば、わりとつき合うのかな……?

 そんなことを思いながら、なおも『観察』し続けていると(今日の僕、こればっかり!)天野は踏み分け道から離れて林の中へ踏みこみ、そこでまた膝をついて、事件の手がかりを探す探偵みたいに、土に鼻先を近づけている。

 なんだってんだよ。今日はもう、ヘンなことはいいよ。たくさんだよ。

 理性の方は、そう言ってうんざりしているものの、本能的な部分では、やっぱり好奇心が、むくむく膨らむのをとめられない。

 やがて天野は立ち上がり、足元を注意深く観察しながら、さらに林の奥へと入りこんでいく。

 気づかれないように、距離を保ちながら、竜之介もあとを追う。

 

 踏み分け道を外れると、樹間は狭くなり、どんどん歩きにくくなる。林、と言うよりは、むしろ『薮』という雰囲気に近くなってくる。

 おまけに、このニセアカシアの、忌々しいトゲ。頭や顔をひっかかれて、『いてっ!』というセリフを、何度飲みこんだことか。

 そうこうしているうちに……竜之介はいつか、天野の姿を、すっかり見失ってしまった。

 おまけに、道までわからなくなった……。もう桃園会館がどっちであるやら、どっちが高等部で、どっちが中等部で、どっちが大学なのかも、完全にわからなくなった。

 しかも、薄暗くなってきた……。

 (キャーッ、もう、最低!)

 悔やんでも悔やみ切れない。一体なんだって今日の僕は、こんなにも、平穏無事な日常を、わざわざ踏み外すようなマネばかりしてるんだ?

 ……落ち着こう。この林は、ともかく、桃李学園の敷地内に収まっているのだ。よっぽどの不運と不注意が重ならない限り、そのまんま山の中へ踏み入っちゃったりすることはないはずだ。

 来た方角へ、帰ろう。できるだけまっすぐに、だ。そう思って、くりっと体の向きを変えた途端、こんもりと生い茂った松の木の陰に、おかしなものを発見した。

 低い枝に張り渡されたロープ。そこに、三角になるように引っ掛けられた、青いビニールシート。上に、葉っぱがくっついたままの松の枝が、いっぱい立てかけられて、シートの色が目立たないように、カムフラージュされている。

 入り口には、カセットコンロと、古ぼけたアルミ鍋。水を入れたペットボトルと、紙箱入りのキャットフード。奥の方にあるあれは、暗くてよくは見えないけど、多分、毛布とか布団の山。

 ……学校の林に、ホームレスが住み着いてる!?

 今、あの布団の中で、眠ってるんだったらどうしよう。そう思うと、少し怖かったけれど、山の大きさから言って、その可能性は低いように思われた。そっと近づいて、中を覗きこむ。それから、裏手のほうに回ってみる。

 そこに、また別の、もう少し細めのロープが張り渡されていて、洗濯物が干してある。

 小さなタオル。黒いタイツ。水色のキャミソール。白いブラウス。そして、なんだか、いつかどこかで見たような……

 かえる模様のパンツ。

 女の子の。

 ……えと……なんだっけ、これ……。なんか……ちょーっと知ってるよーな気がするよーな気がするよーな……

「たーがくんっ。」

「ひゃああああ」

 悲鳴を上げて振り返ると、そこに、ぴりかちゃんが立っていた。

 茶色っぽい、もしゃもしゃにもつれた髪の毛を、木立を抜ける風にわらわらと煽らせながら、大きな目をかっきりと見開いて、にたーっと笑っていた。

「知ったな~。」

 

 

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