minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

2

  猫はキュウリを食べるか?

 

 

「あ……ご、ご、ごめん、すぐ、片付けるからね……」

 と言って、海斗は大慌てで、散らかった洗濯物をかき集める。

 天野は、それを一向に気に留める様子もなく、鷹揚にひとつ頷いて自分の机に向い、授業の準備を始めた。

 ルームメイト、について海斗は、自分がどういう期待を持っていたのか、よく思い出せない。運動部にスカウトされて入学してくるような、スタータイプの男……例えば、中等部で同じクラスだった、野球部の遠野史惟のような……と、同じ部屋に住んで、親友となり、そういう男子グループへの仲間入りを果たす……というような夢想を、したような、しなかったような。

 あるいは、そういう種類の男と同室になり、日々バカにされ、見下され……遠野にされたように……そいつの友人全員に、寮内パシリとして使われて、3年間をみじめに過ごす……という最悪のシナリオも、考えたような、考えなかったような。

 だが、幸か不幸か、海斗のルームメイトは、そういうタイプの男ではなかった。

 天野晴一郎は、分類不能であった。190センチを越える長身痩躯。顔はまあ、よく見ればそれなりに凛々しいというか、整ってはいるが、部品が地味だからそれほどぱっとしない。首から上ばかりが異様に長くて細くて無表情で、不気味なことこの上ない。

 成績は、どうもむちゃくちゃにいいらしい。天野のクラスメイトで、海斗と一緒に歴史研究会に入会した太賀竜之介の談によると、教室ではいつも自分の机で難しそうな本を読んでいて、とりつくしまもないと言う。

 では、単なるネクラで自己チューのガリ勉タイプか、というと……ことはそう単純ではなくなってくる。

 というのも天野は、海斗も所属している、ある非常に奇妙な共同体……と言っていいと思う……の、立派な一員だからである。

 学内の奇人・変人・はみ出しものばかりが寄せ集まった、桃李学園の辺境地帯。並み居る先輩たちも一緒に入った新入生たちも、みんなもう青春、捨てちゃってるんじゃないかってぇくらい、誰ひとりとしてマトモではない(僕以外)。

 弱小文化部ばかりが部室を置く、桃園学園事務棟、桃園会館。別名、マイナークラブハウス。

 天野晴一郎は、そのマイナークラブハウスの中庭に作られた畑を、日々、黙々と耕し続ける……園芸部の1年生なのであった。

 

「今朝も、働いてきたの? 畑。」

 と、沈黙に耐えきれなくなって、海斗は言う。コイツの背後で、這いつくばって、黙ーったままパンツやら拾い集めるってのも、どうも……

「やっぱ、朝練、っていうのかな、そういうの。いちおう、部活だもんね、ハハハ。」

「……今朝は、トマトのわき芽をかいて、ニンジンの苗を少し、間引いた。」

 話題と全くそぐわない、陰々滅々とした声で、天野が応える。

「大沢部長も、早くから来ていた。彼女が先日移植したキャットニップに、林の中に生息する猫が、じゃれつく事を防ぐためだ。しっかり根付くまで注意を要するので、当面、中庭で猫を見かけたら追い払っておいて欲しいと、皆に伝言してくれとのこと。猫に、注意して欲しい。」

「……り、りょーかい……」

 何度会話しても、天野のこの、台本を読み上げているような喋り方には慣れることができない。滑舌が悪い訳でも、声が通らない訳でもない。言ってることは全てクリアに聞き取れるのだが、情報密度が高すぎて、なにを言われたのか理解するまでに、むちゃくちゃ時間がかかってしまう。

 こんぐらがった頭で、ばっさばっさと洗濯物を袋に投げこんでいくうちに、探していた紺色の靴下のもう片方が、やっと見つかった。

「あっ……たー!」

 安堵のため息と共に、左足に履く。残りの散らかりものを片付けて、机の上に置いてあった腕時計を取ると、もう7時15分になっている。

「わ! 朝飯! 早く食堂行かなくちゃ!」

 そして大慌てで部屋を出ようとした、その時。

 天野が、めずらしく、自分の方から海斗に話しかけてきた。

「猫は、キュウリを食べるだろうか……?」

「えっ?」

 質問の意味がわからず、海斗は、革靴を履こうと腰を屈めて指を踵につっこんだままの姿勢で、たっぷり10秒くらい、沈黙してしまった。

 天野は、その沈黙を、別な意味合いに取ったらしく、

「やはり知らないか……いや、ありがとう。」

 と言うと、再び机に向って、授業の準備を続けた。

 目をしろくろさせながら、海斗は靴を履き、部屋を出る。そして、

(いったいぜんたい、なんのこっちゃい、そりは。)

 とひとり呟きながら、とりあえず、食堂へとダッシュする。

 

 

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