minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

3

  最凶コンビ

 

 

「高杢。あんたこれ、歴研の課題なんでしょ?」

 ばごっ、と音を立てて、なにか固いものが、海斗の頭に落ちてきた。痛みにうめきながら手を上げて、つかんで、机の上に置いてみる。

 『〈民主〉と〈愛国〉戦後日本のナショナリズムと公共性』……海斗が部室に、忘れてきた本だ。

 振り向くと、そこに同じクラスの福岡滝さんが、さらさらのおかっぱヘアーを自信たっぷりに揺らしながら、ブリザードが吹いてきそうな冷たい目つきで立っていた。彼女もまた、マイナークラブハウスの一員……演劇部の1年生である。

「渡しておけって、あたしが三浦サンに押しつけられちゃったじゃないの。こんな重ったいもの、運ばせないでよね。」

「あ、ど、どどどうもすいません……」

 痛む頭をかきかき、目を伏せてへこへこしてしまう。まるでおさるだが、この女子の顔を、まともに仰ぐ度胸はない。

 中等部持ち上がりの男子の間では、福岡さんは『遠野を人格崩壊させた女』として、悪名高い存在となっている。

「あと、エリ先輩から、全員に伝言ね。もし、中庭で猫を見かけたら……」

「あ、それ、聞いてるっす。」

「なんで知ってるの? 猫警報、今朝発令されたばっかりなのに。あんた、今朝来てたっけ?」

「いや……天野から聞いて。」

「誰それ。」

「……誰って……園芸部の。」

「ああ、あの人。天野って言うんだ? 作業ばっかりで、全然顔も見せないから……」

「おはよーっ! タキ、おはよーっ! たかもくんも、おっはよーっ!」

 不必要に大きな声で叫びながら、こんどはぴりかちゃんまでが、海斗の机の前にやってきた。彼女も演劇部で、本年度マイナークラブハウス新入生中、ダントツ1位の破壊力をもつ不思議系女子。最近、福岡さんとの強力タッグで校内の知名度もうなぎのぼりの、背のちっちゃな帰国子女だ。

「おはよ。ぴりか、あんた、中庭で猫を見かけたことある?」

「ニャア?」

 と、自分が猫になってしまったように、ぴりかちゃんが問い返す。

「なんかねエリちゃんが、畑にキャットニップとかいう、またたびみたいに猫を引き寄せる匂いのするハーブを植えたんだって。そしたら、本当に猫が来ちゃって。その苗の上で、ごろんごろん転がったような跡がついてたの。それで一応、今朝のうちにネットなんかは張っといたんだけど、隙間から入りこむかもしれないし、しっかり根っこが張ってしまうまでは進入禁止にしたいから、もし、まわりで猫を見かけたら、それとなく追い払っといて欲しいって。」

「ふぅーん……ネコ、いるんだー……ふーん……」

 嬉しそうに、ぴりかちゃんが言う。猫が好きみたいだ。

 ふと、廊下側を見ると、隅の方の座席で、青田と、岡部と、吉兼の3人が、海斗にあからさまに、非難がましい視線を送ってよこしていた。

 3人とも、海斗と同じく、女子に縁がない系の男子で、中等部では揃って『手品部』などという、これもマイナーな部活をやっていた。運命の神のいたずらか、揃って仲良く同じクラスになってしまった今も、

「はぁーあーあー。彼女ほしーよー。」

 などという、魂の奥底からの叫びを共有し合える、気の置けない友人たちである。

「あ、そうだ! これ、タキとたかもくんにも、分けてあげるっ!」

 と言って、ぴりかちゃんがリュックサックをどさっと、海斗の机の上に置いた。僕の名前は『たかも』ではなくて、『たかもく』なんだけど……と、何度か説明を試みてはいるのだが、うまくいってない。彼女のアタマでは理解できないのか、どーでもいいと思っているのか、どちらかであろう。願わくば、前者であって欲しい。

「すっげーおいしいんだ……もう、オイラが生まれてから今まで、食べたもんの中でいーっちばん、てくらい、すっげーおいしいんだ……」

 そう、呟きながら、リュックの中をごそごそしていたが、やがて、頭にヘンに長い蔓を付けたままの、すごく新鮮そうなキュウリを、両手に一本ずつ取り出した。

「キング・オブ・きゅうり。」

 と、うっとり囁くような声で言いながら、大事そうに、どこか厳かに、福岡さんと海斗の目の前に差し出してくれる。

「あ……ありがと……」

「へー、ぴりかがキュウリ分けてくれるなんて、珍しい。いつもは袋にいっぱい持ってたって、一本たりとも寄越さないのに。」

「うん……なんかねえ、あまりに、おいしくて……あまりにすごくて。これは、ひとりじめしたらいかんもんだなあと……できるだけ、みんなで分け合わないと、と……」

「欲の皮が剥げるくらいのおいしさだったわけね。どこで買ったの?」

「あのね……」

「はい、みなさーん。お席に着いてー。」

 いつも通りの声をかけながら、担任の柳場良子先生が入ってきた。福岡さんとぴりかちゃんも、自分の座席へ帰っていく。

 さて、これをどうしよう? キュウリを持って、海斗は悩む。机の中はすでに、この分厚い本で満杯になっている。無理に突っ込んだら、折れてしまうかもしれない。

 結局、学生鞄の中が一番安全だろうと思い、机の脇に身を屈めて、一番幅の広い区画に、まっすぐに差し込んでおく。

 それから顔を上げると、机の上に、リフィルをちぎった手紙が、伏せて置いてあった。廊下側から、反対側の自分の座席へ帰る途中に、岡部か吉兼か、どっちかが置いていったのだろう。裏返して読んでみる。

「本日、異端審問を行う。昼休み、覚悟しとけ。バーカ」

 勘弁してくれー。

 

 

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