minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

3

  桃園会館

 

 

 食べ過ぎの消化不良とストレスで、ずぅんと重く痛む胃袋を擦りながら、やっとの思いで登校し、下駄箱を開ける。

 『こそどろ 無断欠席 サボるんならさっさと退部届け出しな めーわくなんだよ』

 バンッと力一杯スチールの扉を閉めて、目の奥から沸き出しそうな涙を必死で堪える。

 泥棒なんかしてない。絶対してない。してないってこんなに何度も言ってるじゃないの。

 周りの生徒が、不思議そうにこちらをうかがいながら通り過ぎていく気配。あまり長い時間、こうしていてはいけない。自然に、普通に、流れるように。

 動かなくては。

 目を固く閉じて、もう一度下駄箱の扉を、細めに開く。裏側に張りつけられた紙が、誰からも見えないように、素早く内履きを取り出し、履き替える。

 予鈴がなる。まだ玄関にいる生徒たちが、ぱたぱたと、いっせいに足を速める。みんな自分の教室へ向かって歩いていく。

 歩かなくては。

 

 1年5組の自分の座席に、どうにかたどりつく。

「あ、さとりん、おっはよー。」

 と、前の座席の池田謡ちゃんが、明るく挨拶してくれる。入学してすぐのオリエンテーションで一緒になって以来、なにかと親切にしてくれる、優しい女の子だ。

「おっはよー、ようちゃーん。」

「ねーねー古典の宿題やってきたー?」

「あー、うーん、いちおーねー。」

「すっげめんどかったよねーコレー。」

「ねー。」

 一生懸命、なんの悩みもないように、元気にお喋りしながら、クラスメイトがこんなふうに接してくれるのも、いったいいつまでのことだろう、と考えて、内心泣きたくなる。

 クラスには、バレーボール部の部員が、紗鳥の他にあと3人いる。彼女たちが紗鳥に向けて発する、微妙な波動が、部員以外の女の子たちにキャッチされ、解析され、やがてクラス中が同調してゆく……こんな最悪のシナリオだって、じゅうぶんにあり得る事だ。

「……それで、いつのまにか、袋ごとなくなっててー……」

 そんな声が聞こえて、紗鳥は思わず振り返る。

 部員のうちの2人が、その他何人かの女の子たちと一緒に、窓際の座席をいくつか占領して、お喋りに興じている。

「えーさいってーソレ。」

「ま、誰も見てないんだけどー、限りなく黒に近いグレー? っつうかー。」

「あり得るー。なんかビンボーって自分で言ってたしー。」

「ビンボー言い訳にすんなよなー。」

 顔面から血が、音を立てて引いていく。

「え、どうかした?」

 と、心配そうに尋ねてくれる謡ちゃんの顔が、もう、さっきと同じようには見えない。

 どうせ……もう、明日か明後日になれば、この子だって……誰だって……

「どうせ……」

 と、口に出して言いかけたその瞬間。

「内田。忘れもんだ、てめー。」

 ぼんっ、と机の上に、ばかでかいスポーツバッグが落下してきた。きゃっと謡ちゃんが、かわいい悲鳴をあげる。

 紗鳥のバッグだった。

 呆然と、声の主を見上げる。

「昨日おまえ、放り出してったろ。バッカみてーな悲鳴あげて、すっとんで逃げやがって。」

「えっ……えっと……え?」

 それはこのクラスの、八雲業平くんという、ちょっと、悪目立ちするタイプの男の子だった。

 家がかなり資産家だとか、中3のバレンタインデーのチョコ数がナンバーワンだったとか、文化祭のバンド演奏を見に、他校から山のように女子が集まったとか。高等部から入ったばかりの紗鳥の耳にも、既に、たくさんの噂が入ってきている。

 そんな男子が、あたしに何用? と、呆然と顔を眺めて。

「ああーっ!!」

 この顔を白く塗って。髪を立てて。金色にして。

「ぱっ、パンク鬼ー!?」

 思わず立ち上がって、指差して叫んでしまった紗鳥に、

「誰が鬼だてめー!!」

 八雲くんは怒鳴り返しながらも、その声の半分以上は、おもしろそうに笑っている。

「おまえ……もしかして、アレ、真剣にびびってた?」

「びびったわよ! 決まってるじゃない! 上からいきなりあんな、あんな……」

「まー、あれは確かに、初心者には向いてねえとは思うけどー。」

 そう、自分で納得するように呟きながら、八雲くんはくつくつと思い出し笑いを堪えている。

「まあ、ほいでもさ。実は、そこを堪えて、今日、もっかい来て欲しいんだわ。桃園会館。」

 ぽん、と紗鳥の両肩に手を乗せて、八雲くんが言う。

「……もも……どこ?」

「昨日の、あの建物。」

「なんで!?」

「いやー、呼んでこいって言われたし。あ、あれは確か俺のクラスの女子ですよっつったら、ぴりか先輩が、じゃあ明日にでも引きずっ、いやいや。ま、ともかく、約束なっ。放課後、桃園会館。絶対来いよ。じゃっ。」

「あ……」

 担任の先生が入ってきたので、八雲くんはさらりと自分の座席に戻っていく。

 窓際から、視線が突き刺さる。バレーボール部員たちの一団が、理解不能の表情で、こっちを見ている。多分、八雲くんが話しかけてきた時から、ずっとこっちを見ていた。

 生徒が全員、座席に戻り、私語が止む。しんとした教室に、学級委員が、起立の号令をかける。

 着席しながら、前の席の謡ちゃんが、ちらっとこっちを振り返り、

(すごーい!)

 と、興奮して口パクで囁いているのが、かすかに届いた。

 紗鳥は、もう、なにがなんだかわからなくなってきた。

 

 

 

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