minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

10

  再びの目覚めを望むか?

 

 

 ピピピッ、という、小さな音で目が覚める。

 壁の向こうのキッチンで、ことことと、ぴりかが動き回っている気配がした。

 ちょうどこの壁の裏側が、レンジ置き場だ。今の音は多分、電子レンジの終了ブザーだろう。

 時計を見ると、まだ7時を回ったばかり。昨夜あんなに早く寝たせいで、ぴりかが出かける前の時間に、自然に目を覚ましてしまった。

 起きていこうか、という考えが、ほんの少し頭に浮かんだが、すぐに消えた。顔を合わせて、どうしようというのだ。昨日あんな不愉快な思いをしたばかりなのに。

 それにまだ、頭痛がひどい。多分、熱も出ている。

 寝返りを打ち、もう一度眠ろうと決意して、固く目をつむる。すると、壁の向こうから、ごく微かに、信じ難いようなものが聞こえてきた。

「いーっただーっきまーす……うひひ……むふふ……」

 笑っている。

 ぴりかがキッチンで、ひとりで声をたてて笑っている。

「ほにょー、しゃーわせー……くくく……おいちー……」

 かちゃかちゃと、皿にカトラリーの当たる音。

「ふーんふふーん……たらりろれりろー……るるるー」

 歌っている。なにか食べながら、鼻歌を歌っている。

「んー……もーちょびーっと追加、かなー?」

 ぱたぱたと、スリッパの足音も高く走る音。バタンと冷蔵庫の扉の音。

「うーん、もうコレ、全部使っちゃえっ。……ふわー、いいにおい……ね、奏くん。奏くんならわかるでしょ、これ。ほら。」

 びりっ、と神経がささくれ立つのを感じて、かおりは無意識に、深い息をひとつ吸いこみ、そこで呼吸を止めた。

「すごいよね……。ね、奏くん。ね?」

 そこまでで、かおりは羽布団を引っ張り上げて、頭まですっぽりと包まり、耳を遮断する。

 聞こえない。わたしはなにも聞こえない。いや、そもそも、わたしは目覚めてすらいないのだ。これは夢だ。いやな夢。

 

 もう一度目覚めたのは10時で、ぴりかはもちろん、学校に行った後だった。

 どうも本当に風邪をひいたらしい。ベッドサイドの小引き出しから、体温計を出して計ってみる。37.5℃。頭痛もますますひどい。

 部屋を出る。また鎮痛剤を取り出して、ミネラルウォーターを飲みに、キッチンに向かう。

 ぷんと、バターが強く香った。

 シンク脇のゴミ箱に、カボチャの種が、いっぱいあった。それに、冷蔵庫にあったエシレバターの包み紙が、くしゃくしゃと丸めて捨てられている。

 なにか、結びつけて考えなければいけないことが、あるような気がした。

 けれど、それはきっと、難しい問題だった。かおりには、解けるはずのない難問なのだった。例え解けたとしても、かおりひとりの手には、余ることなのだ。

 いい。もう、そんなことは、どうでもいい。

 固まりは終わった。ネジは巻き直したのだ。また、次の固まりに叩き起こされる時までは、眠っていてもいいはずだ。

 鎮痛剤を飲み、ベッドへ戻る。

 そしてかおりは、再び意識をねむらせる。

 

 

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