おまけ・マイナークラブハウスの大掃除 1
買い出しチーム
腕時計を眺めて、福岡滝は、ふーっと何度目かの大きなため息を吐く。
到着した時には、7分前だった。
その後、あと5分、あと4分、あと3分と25秒、あと3分、あと2分と40秒、あと2分と28秒、あと1分と50秒、ときて、今のため息は「あと1分と40秒」の時のもの。
なんでこんなに、落ち着かないんだろう。どうしてため息が、こんなに浅くてちょっとずつしか出ないんだろう。
落ち着け、落ち着け。とにかく1回、肺の中の、滞っちゃってる古い空気を吐ききろう。そう自分に言い聞かせて、深呼吸をしかけた時、遠くの角を曲がって、こちらへ向かって歩いてくる、天野晴一郎のひょろ長い姿が目に入った。
遠目にも、見ているこっちが陰鬱になっちゃいそうな無表情。どこか別の世界でも見ているみたいに、焦点の合ってない目。なのに、滝の顔はどうしても、緩んでしまう。
あまり洗練されているとはいえない、濃いグレーのダッフルコート。それが少しでも引き立つようにと、滝が選んで贈った青灰色のマフラーが、ちゃんと晴一郎の首に巻かれているのが見えたから。
「こんにちは、滝ちゃん。」
「ストォォォォップ!」
と、手を挙げて動きをとめ、いかにもいい加減なぐるぐる巻きになっているマフラーを一旦、引っぱがす。そして、結び直す。
「はいよろしい。……もう、動いていいわよ、セイちゃん。」
そう言うと、特になんの感想もなく、黙ったままで、滝と一緒に歩き出す。
「僕は何をするために呼ばれたんだろう?」
スーパーで食材を、次々にカートの中に投げこむ滝の後ろについて歩きながら、晴一郎が不思議そうに尋ねてくる。
「運ぶ人。こんなにたくさん、あたしひとりで持って、あの坂道は上がれないわ。」
「ああ。」
納得して、あとはもう、黙って後ろをついてくる。
ずっとついてくる。
黙って。ずーっと、黙って。
「……なーんか、ハラ立つわねー。」
と、思わず滝は、聞こえるように呟いてしまう。
「空腹なのか?」
「ち・がーう! ハラが立つって言ったの、空いてるじゃなく!」
「だが、その2つは連動していることが多い。怒りを覚える時には、その怒りを表明する前に、まず自分が空腹でないかを自問すべしと、婆様が……」
「おなかは減ってません! あんたの言った事が気に障ったの!」
「僕の?」
少しだけ表情を変えて、晴一郎は問い返す。
「なにか失礼な発言をしただろうか。」
「……だってねえ、『僕は何をするために呼ばれたんだろう?』って、そりゃ、退屈している人のいうセリフでしょ?」
「…………。」
「今現在のこの状況に、なにか不満があるから出るセリフでしょうが。」
「不満はない。疑問があっただけだ。それももう氷解した。」
「…………。」
コイツ、わかるまでとことん説明しちゃろうかしら、とも思ったが、こんな年末の、混雑したスーバーの中で、高校生の男女が食料品の買い出しをしているだけで、まわりの主婦やら家族連れやらからは浮きまくっている。
しかたなく、滝はあきらめて、買い物を続ける。
晴一郎、再び黙々とついてくる……
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