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遠くの友人
「祐介! 祐介、あんた、高校今日から始まるんじゃろう? いったいいつまで寝とるんね? ちゃんと通わんのじゃったら、母ちゃんこれからすぐ、退学届け出しにいくよ。明日っから、寝藁の取り替えは全部、あんたの仕事になるんよ!」
「ああー、行く、行く、今、行きまーっス!」
げに恐ろしきは牛飼いの母。叫んで飛び起き、大急ぎで制服に着替えながら、本宮祐介は、忌々し気な舌打ちを、めいっぱい連発する。
世のやんちゃどもというのはつまり、学校社会に置ける自分の価値というものを、自分で人質に取りつつハシャいでおるわけで。「勉強してあげるから、こづかいちょうだい」というのがまるっきり通用しない、第一次産業でがっつり食ってる親というのも、実に、扱いづらいのである。
1分で朝飯をかっこんで、バス停まで走る。日に3往復しかないバスに乗るのは、いつも同じ顔ぶれ。祐介と、中学生が3人。小学生二人と、看護学生がひとり。後はぜーんぶ、麓の病院に行くジジババだ。
「あれまあ、徳さん。あんた、昨日はどうしよったんね。」
「腰が痛うてのう、よう、出れんかったんじゃ。」
「ほうか。今はもうええんか。そりゃあえかった。えかったのーう。」
もうええなら、病院へ行くな。
未来のない田舎のバカばっかりが、ヒマを潰しにきている三流の公立高校で、とにかく祐介は、無事、2年生に進級した。
かったるい始業式を、ぐにゃぐにゃとやり過ごし、教室に入ると、すぐに携帯を取り出す。そして、昨夜手に入れたばかりのアドレスに、短いメールを送る。
ーーーおっす。ユースケだ
そっちも今日からだろ
晴一郎のケガ直ったか?
まあ、返事はくれないだろうな、と、半ば以上は諦めていたのに、わりとすぐ、着信があった。
ーーーケガは「治る」よ、バカ
なんであたしのメアド持ってるの!
ーーーウシカフェの掲示板にカキコしたろ
もちろんいつでも来ていいぞ
今度はおれんちとまってけ
あと、おかっぱちゃんと
ぴりかちゃんのツーショットで
写真送ってくれー
ーーーあなたに言ってないの
あれは瑛一さんに言ったの
天野くんは元気よ
じゃ、ばいばい
ーーーくれないと、すぐに会いに
行っちゃうぞー
この週末に行くぞー
絶対行くぞー
そしたら、ぴたっと返事が来なくなったので、これは怒らせてしもうたかな、と、少し心配になる。
ここで大人しく引き下がるべきか、さらに押すべきか。悩んだ挙げ句、「くれよくれよー、いいじゃんか、へるもんじゃねーしー」という文を打っていたら、画面の隅に、着信のマークが点いた。
添付ファイルがある。
思わず、頬が緩む。
ドキドキしながら、画像を開く。
すると、狭い画面いっぱいに、ついこの前、知り合いになったばかりの連中が、わっとダンゴになっている写真が映し出された。
舌を出したり、目を吊り上げたりしている野郎ども。恥ずかしそうに微笑んでいるメガネちゃん。おかっぱちゃんがいないのは、多分、写すほうに回ったせい。いちばん端には、法事のようにくそマジメな表情をした晴一郎が、おまけのように、ぽっちりと写りこんでいる。
そして真ん中に、まだ会ったことのない、ちっちゃなかわいい女の子。
ーーー今日はいい日だったから
特別サービス
じゃあ、またいつかね
という文面を読んでいるうちに、胸の中が、不思議に暖かいものでいっぱいになる。
晴一郎、おまえほんまに、ええ友達を見つけたのう……
おれも、混ぜてもらえとるんじゃろうか。住んどる場所は遠くても、仲間のひとりじゃと、思うてもらえとるんじゃろうか……
ふと、顔を上げると、ついさっきまで、この世のどん底のように淀んでいた教室の空気が、キラキラと光って見える。
なにか、笑いに似たもので出来た、小さい粒のようなもので、いっぱいになっているような感じがする。
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