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消失
カウンセリングルームのドアをごんごんとノックし、返事も聞かずに乱暴に開ける。すると、デスクのこちら側に立っている、背の高い男子生徒の姿が目に入った。
「あっ……相談中!?」
しまった。いかに慌てていたとはいえ、カウンセリング中の部屋の中へ突然飛びこむなんて、とんでもないマナー違反だ。でも、ノブに札も出ていなかったし、鍵もかかっていなかった……
「いや……いいんですけどね。そちらのかたは?」
湯浅がかおりの方に視線を向けて、そう尋ねてくる。その向かい側で、男子生徒が、妙に淡々とした、感情のこもらない口調で言ってよこした。
「おや。こんにちは、畠山さん。お久しぶりです。」
「あら……あなたは。」
良子の後ろで、かおりが驚いた声を上げる。それで良子は、なにがなにやら、もう完全にわからなくなってしまう。
「なんだ、天野の知り合い?」
と、湯浅が、背の高い男子生徒に尋ねる。
「12月に一度、学園の駐車場でお会いしました。」
「ええ……あの時は、いろいろと……」
それきり、その場の全員が、黙りこんでしまう。
どういう理由で、この場所にこういう顔ぶれが揃っているのか、理解しているものは、誰一人いない。
「……で、なんのご用です?」
この場の責任者である湯浅が、ついに口を開く。
「えっ? あ、ああ、そうでした。湯浅先生、西……あの、例の卒業生が。」
言葉を濁しつつ、病院から失踪したことを、なんとか伝える。
「ですから、急いであの監……もう一方の当事者のほうに行って、心当たりを聞いて下さいませんか。私はこちらの方を、保健室にご案内してからすぐ、校内を……」
喋っているそばから、開け放したドアの向こうを、
「ああ、どうしましょ。どうしましょ。」
と言いながら、もたもたと駆けていく、栗田先生の姿が目に入る。
「栗田先生? どうしました。」
「あっ、柳場先生。今、お探しして。」
急停止して、ぜえぜえと息を切らせながら言う。
「お熱の生徒さんが、いなくなって……」
「はい?」
「私、寝ているとばかり……授業が終わって、クラスのお友達が見にいらしたら、ベッドがからっぽで……窓の鍵が開いて。」
もうだめ。お手上げ。多分、なにをやっても、最悪の事態は免れないんだわ。
そんな虚無感に一瞬、思考を完全に乗っ取られて、思わず固く目を閉じてしまった良子のかたわらを、びゅんとつむじ風が通り抜ける。
「天野? どうしたんだ!?」
湯浅が驚いた声を上げる。あの男子生徒が、部屋を飛び出していったのだ。ほんの少しの間を置いて、湯浅も後を追って走りだす。
「なにがどうなってるんですの? それ、ぴりかのことなんですか? あの子、いったい、どこへ行ったんですか!?」
畠山かおりが、急に強い態度になって尋ねてくる声が、耳の中できんきんと、不快にこだまする。
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