minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

4

  奇妙な苦悩

 

 

 朝礼5分前の予鈴が鳴り、職員室を出ようとしたところで、事務の女性職員に呼びとめられる。

「柳場先生。先生のクラスの、畠山ぴりかさんのお母様から、お電話なんですけど……」

 受話器を手で覆って、なにか、腑に落ちないような表情をしている。

「……欠席の連絡ですか?」

「いえ、そうじゃないみたいなんですが……ともかく、先生にお願いがあると……」

「今?」

 時間はなかったが、いったいなんの『お願い』なのか、とても気になる。

 畠山ぴりかの母、畠山かおりは、いわゆる『観察を要する保護者』だった。地元の有名な資産家の娘であり、北海道の有力な政治家の一家に嫁いでいるのだが、今はなぜか帰郷して、娘と二人で、市内のマンションに暮らしている。

 かおり自身の説明によれば、それは娘のぴりかの、カウンセリングのためだそうだ。留学のために移り住んだアメリカで、仲のよかった双子の兄が事故死して以来、精神的に不安定な娘をケアするために、こちらに来ている、と。だが、良子には、娘よりもむしろ、母親であるかおりの方が、一層不安定な状態にあるように思われた。

 ある意味、それは当然だろう。おなかを痛めて産んだ息子が、15歳になるやならずで命を絶たれるなど、実際に自分の身に降りかかった者以外には、想像もできない苦悩であるに違いない。でも、そうではなくて。

 そういう苦悩ではなくて。畠山かおりの不安定さには、なにか、それだけでは説明のつかない、どこか不自然な、複雑に入り込んだようなものが感じられてしまうのだ。

「もしもし、お電話変わりました。柳場ですが。」

 言うと、受話器の向こうから、

『おはようございます。畠山でございます。朝のお忙しい時間に、申し訳ございません。』

 あくまで上品な、礼儀正しい口調で、けれど、やはりどこか、ぴんと張りつめたような声音で、喋るのが聞こえてくる。

「いえ、おかまいなく。どうかなさいましたか。」

『あの……実は私ども、明日の朝の便で、北海道に立つことになっておりまして……その、息子の……一周忌などで……』

「あ……はい。」

『それで、その……ぴりかに、伝言を……』

「伝言?」

『今日は必ず……早く、帰ってくるように、と……』

「……はあ……?」

 意味がよくわからず、曖昧な返事をしてしまう。

 それだけのことで、わざわざ学校に電話? そんなことは、朝、畠山さんが登校する前に、言っておけば済む話ではないか。

『いえ、その、私、今朝は言わなかったんです。というか、あの子が出掛けた後になって、急に予定が変更になりまして。』

 良子の疑問を、見事に読み当てたかのように、畠山かおりは早口で説明を始める。

『本当は、明後日だったんです。それが今しがた、東京で仕事しておりました主人から、電話が入りまして。自分も明日、行くことにしたから、千歳空港で待ち合わせて、同じ車で帰ろうと。それで、いろいろと支度もありますし、ぴりかには今日、授業が終わり次第、すぐに帰ってきてもらいたいと……』

「ああ……では、部活には出ないで帰宅するよう、お伝えすればよろしいんですね?」

『はい……あ、いえっ。』

 ごく短い、不自然な間。

『やっぱり……私、迎えに参ります。』

「は?」

『授業が終わる時間に、車でそちらへ伺って、教室の入り口まで参ります。なのでもし、あの子がその前に教室から出ようとしたら、とめておいて頂けませんでしょうか?』

「…………?」

 ますますわけがわからない。それはまるで……自分の手に確実に引き渡すまで、娘を拘束しておけ、とでも言わんばかりではないか。

 追求しようかと、余程思ったが、その時、チャイムが鳴った。今は時間がない。朝礼と、授業の後、4限目以降に空き時間ができる。

「わかりました。ともかく、ぴりかさんにはそうお伝えしておきます。今は私、もう教室に行かなければなりませんが、畠山さん、11時半ごろ、お時間ございますでしょうか?」

『……はい? 私の予定でございましょうか?』

 途端に、口調が一段、拒絶的になる。壁を張り巡らせたような、用心深い声。

「ええ。どうも、詳しいお話をお聞かせいただいたほうがいいように思います。11時半に、こちらからお電話させていただきますので。」

『あ……それは……』

 有無を言わせぬほうがいい。良子はそう判断し、失礼ギリギリの対応を取る。

「今は急ぎますので、これで失礼致します。では、後ほどに。」

 ぷつりと速攻で回線を切断し、ともかく、急いで教室へ向かう。

 

 

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