8
Live
文化祭の時も思ったのだが、この、ゴーヘーとミツアキの二人組というのは……なんというか、ホントに、伊達じゃない。
「完全に喰ってるわね……。」
と、曲と曲の合間に福岡さんが、容赦のないコメントを発する。
「ボーカル、霞んで見えないわ。」
「歌はそんなにヘタじゃないのにね。」
頬にハイボールのグラスをあてて、くすくす笑いながら、沢渡先輩が応じる。
「やりにくそうな顔してやっちゃって……なんかかわいそ。」
サラリーマンのカラオケみたいなボーカルがマイクスタンドにしがみつき、必死になって声を張り上げるその横で、ゴーヘーとミツアキは飄々と弦をかき鳴らし、飛び跳ね、くるくると回転する。
ひとつところにじっとせず、ステージの端から端まで駆け回る。目の前で二人が交差する一瞬、ボーカルが見せるムッとした表情があまりにもあからさまで、一同、思わずどっと笑い声を上げてしまった。そんな風に、他の客とは微妙に違うポイントで、微妙に違う盛り上がりかたばかりしていたから、このテーブルはかなり、まわりから浮いていたんじゃないかと思う……。
けれど竜之介は、あまりステージのほうばかり、熱心に見てはいられなかった。
フロアの前のほうで、まるで波が打ち寄せるみたいに、同じリズムでぴょんぴょん飛び跳ねている、色鮮やかな女の子たちの群れ。
あのどこかに、野梨子も混じっている。でも、暗くて、わからない。上から見下ろすと、どの子もみんな同じに見えてしまう。
「ゴーヘー! ゴーヘー!」
「ミツアキくーん!」
「八雲先輩! こっちこっちこっちーっ!」
聞いているだけで、ちょっとげんなりするような、気恥ずかしい『黄色い悲鳴』というやつ……いったいあの子たち、どういう精神状態でこんな声を出しているんだろう?
長い間奏に入って、ボーカルが後ろのほうで、ミネラルウォーター飲みながら突っ立っている間、狭いステージは完全に、中坊二人の天下だった。
一心にソロを弾くミツアキの後ろで、背中合わせになったゴーヘーが首を振り動かす度に、飛び散る汗がライトで光る。ずるいよなー、こいつら。只でさえ見てくれのいい奴らが、二人つるんでシンクロしたら、ますます強烈にかっこよすぎるじゃんか。
「ミツアキくん! ミツアキくーんっ!」
音の合間に一瞬だけ、頭のてっぺんから絞り出すような金切り声が、ひと際大きく響く。
野梨子だ、間違いない。竜之介は、バルコニーから身を乗り出して、出所を探す。
フロアのずっと後ろのほう……ほとんど入り口の、トイレに近いようなところに、必死になってぴょこぴょこ飛び跳ねている野梨子の頭を見つける。拳を振り上げ、まわりの人の波に押しつぶされそうになりながら、なにか、からかわれて泣き出す直前のような顔で、必死に叫び続けている。
「ミツアキくん! ミツアキくーんっ!」
ああ。そんな、己を失ったような目をしちゃだめだ。
野梨子はかわいいのに。確かに母さんに似ちゃって、垢抜けないつくりではあるけれど、それでもぷくっとした笑顔が、とてもかわいい妹だったのに。
「どーもありがとー! さんきゅー! さんきゅー!」
大学生のボーカルが、なにかやけくそのような声で叫びながら、ぶんぶんと手を振っている間に、ゴーヘーとミツアキは実にあっさりと、ソデにひっこむ。
カーテンの陰に隠れる寸前、ミツアキが客席に向かってピックを投げると、ぎゃあっと凄まじい奪い合いが起こり、
「みんな、今夜は本当に……」
とかなんとか言いかけていたボーカルのMCが、完全にかき消されてしまう。
「確信犯だな!」
と、大笑いしながら三浦先輩が言い、
「いい性格してるよ、ホント。」
と、心底感心したように、ヤマダ先輩が深く頷く。
ピックは、前の方にいた女の子たちの誰かが、もうとっくに手に入れてしまっていた。でも、後ろの方の女の子たちは、まだわかってないみたいに、諦め切れないみたいに、どんどんステージのそばへ押し寄せようとしている。
人の位置が変わって、竜之介は、また野梨子を見失う。けれど耳の奥に、
「ミツアキくん! ミツアキくーんっ!」
という、まるで助けを求めるような金切り声が張りついて、とれない。
外に出ると、あの女の子たちが、『STAFF ONLY』と書かれたドアの前に、びっしりと寄り集まっていた。二人を待っているのだろうか。
「あー、喉が痛い……タバコの煙のせいかなー。」
と言って、福岡さんが制服の袖の匂いをくんくん嗅いで、顔を顰める。
「大声で笑いすぎた、というのもあるな。いやー笑った笑った。」
と三浦先輩が言う。
「みなさんぐれーっすよ、ライブ来て、あんな寄席みてーに笑ってんの。」
いつの間にか、ロッカー二人が背後に立っていた。
「わ! びっくりした。なんでこっちから出てくんのよ。」
「めんどくせえんすよ、ああいうの。一旦捕まると、なかなか離してもらえないっすからね。さ、逃げましょ、逃げましょ。」
「あー、あそこにいるーっ!!」
気づいた女の子たちが騒ぎだし、ほんの少し、こちらへ押し寄せてこようとしたが、ゴーヘーたちがまるで気のない様子で歩き出すのを見て、立ち止まる。
「えー……?」
という、がっかりした声が、次第に小さくなる。
まるで、電気仕掛けのおもちゃが、プラグを抜かれちゃったみたいだな、と竜之介は思う。さっきまで、あんなにハシャいだ様子で飛び跳ねていた子たちが、今はみんな呆然と、どこか虚ろな顔つきで、淋し気に、こっちを見ている。
なんだかあのまま、ずっとあの場所に立ち尽くして、露に打たれて、集団で溶けていってしまいそうな……
「たーがくーん! どしたの? 行こー!」
というぴりかちゃんの声がして、振り返ると、みんなもう、何メートルも向こうに行ってしまっている。女の子たちを見ているうちに、ついつい感傷的になって、ぼーっとしてしまった。
「あっ……ごめーん。」
返事して、踵を返す。
その瞬間、野梨子の顔が、視界の真ん中に飛びこんできた。
群れの後ろほうのはじっこで、びっくりして口もきけない、というような顔で、竜之介をぽかんと見つめていた。
「の……」
咄嗟に呼びかけようとして、声を飲みこむ。
呆然としていた野梨子の目が、竜之介が野梨子に気づいたと見た瞬間、激しい怒りと……ほとんど、憎しみといってもいいような感情で満たされて、ギッと吊り上がったのである。
「太賀ー! 置いてくぞ、こらー。」
三浦先輩の声が、遠くから響いてくる。
竜之介は、逃げるように背中を向けて、みんなを追った。
→ next