minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

9

  16歳、今すべきこと

 

 

「よかったら、うち来てなんか食いません?」

 というゴーヘーの提案に、ぴりかちゃんと、福岡さんと、2年生3人が乗る。行きたいな、と竜之介は思ったが、さすがにうちは、そこまで寛容ではないだろう。

 暮らしている施設の門限があるミツアキは、これから大急ぎで、駅まで歩くと言う。竜之介の帰る方角も、だいたい同じだったので、しばらく一緒に、早足で歩いた。

「あのさ……ちょっと、質問してもいい?」

 ぴりかちゃん繋がりで、時々顔を合わせるというだけで、特に仲がいいわけでもない。少し緊張したが、ミツアキは普通に、友達みたいに喋ってくれた。

「なに?」

「女の子たち……いるじゃんか、いっぱい。前のほうでキャーキャー言って飛び跳ねてたり、待ち構えてたり。ああいうのって、どう思ってるの。」

「うざい。」

 一刀両断かよ、と思って、ちょっと足元がよろっとする。

「で、でも……ああいう子たちが、ぜんぜんいなくても困るわけだよね、一応、お客さんなわけだし。でしょ?」

「弾いてる時はいいよ。こう、わーってエネルギーみたいのが来るから、それで乗れるってゆうのはある。でも、他んときに絡まれるとヤだね。なんつーか、食われそうな感じして、すげームカつく。」

「食われる?」

 言ってる意味がピンとこなくて、聞き返す。

「ああいう連中って、なんか知らんけど、飢えてんだよ。なんでもいいからまわりと繋がって、一緒んなってわーっとやりたい。太古のお祭りみたいにさ。自分をなくして、一体感? そういうの感じたいだけで。演奏中だけで満足してくれりゃいいんだけど、そのあと、その祭りの生け贄みたいな感じで、俺らを食おうとしてくるっつーか。世話焼いたり、やらそうとしたり、丸ごと飲みこんで、自分たちの中に取りこもう、みたいな感じ。そういうのがヤだね。」

「うーん……」

 あの時の野梨子の顔が、脳裏に蘇る。

 どこかにイッちゃったような目をして、手をステージのほうへ一心に伸ばして、助けを求めるような声を出していた、2つ下の妹。

「いったい、なにに飢えて、あんなに……本当は、なにを食べようとしているんだろうね……?」

 思わず知らず、しんみりとした口調でそう呟いた竜之介に、ミツアキが愉快そうな調子で言う。

「あんたらの仲間って、ヘンな人ばっかな。」

「え? そんなことないよ。そりゃ、桃園会館は変人の巣窟なんて呼ばれてるけど、僕なんかは取り立てて、なんの変哲も無い、へーぼんな人間だよ。」

「そう?」

 あっさりとそう言って、ミツアキは引き下がる。まあ、こういうのは、感じかたによりけりだから、議論したって始まらないだろう。

「ほいじゃ、俺こっちだから。」

「あ、あのさ……」

 どうしようか、ずっと迷っていたのだけれど、竜之介は思いきって言ってみる。

「頼みがあるんだ……」

 

 眠くて、眠くて、ふらふらになりながら、ようやく家に辿りつく。

 玄関のドアを開けると、すぐに母さんが、キッチンから飛び出してきた。

「おかえり、お兄ちゃん。ねえ、野梨子、野梨子がまだ……」

「あとにして。」

 なんとなく、むかむかっと怒りが湧き起こってきて、竜之介は厳しい口調で言い渡す。

「僕、風呂入って、それから宿題するから。野梨子が帰ってきたら、叱らないで、黙って、部屋に入れといて。母さんが構うと、余計に酷くなるんだから!」

 不意を突かれた母さんの口が、また回り始める前に、着替えを取って、ばたんと風呂場に籠る。

 

 それだけ言っておいたのに、出てくると、やっぱり修羅場になっているのだった。

「いいかげんにしなさいよ! 中学生のくせに、勉強もしないで、毎晩毎晩遊び歩いて! こんな若いうちからそんなに堕落して、いったいどういう人生送ってくつもりなの!」

「うぜーっつってんだよ、てめーに人生のことなんか言われたくねーよ! 離せ!」

「このテストはなによ、12月2日って、いつから隠してるの、こんなひどい点数」

「なんで持ってんだよ! なんでそーやっていつもいつも、ヒトの部屋に勝手に」

「まともに掃除もできない娘の部屋に、親が入ってなにが」

 つけっぱなしのテレビをぷつんと切って、竜之介はリビングの窓を、無言で開け放つ。

 キッチンカウンターを回りこんで、そこの窓も開ける。リビングと廊下をつなぐドアも開け、廊下の窓も開け、玄関のドアも全開にする。

 2月の夜の風が、家の中を、びゅうびゅうと吹き過ぎていく。洗ったばかりの竜之介の髪も、パジャマの下の湿った肌も、たちまち氷のように冷たくなる。

「お兄ちゃん……なにを……」

 怯えたような目をして、母さんが呟く。その隙に、野梨子は母さんの手を振り切って、悔し涙をコートの袖でふきながら、階段を駆け上がっていく。

「僕も……」

 これからするのは、残酷なことだ。

 でも、それがかわいそうだから、やらないでいたというわけじゃない。僕は、ただ、めんどうくさかった……

「僕も、母さんを見てると、嫌になるよ。人間って、こんな風になるために生きてるわけじゃないのになあ、って、つくづく思う。僕は男だからまだいいけど、女の子の野梨子にしたら、母さんの言う通りに日々を過ごして、それで母さんのような大人になるくらいなら、今好きなことをして死んだほうがマシだ、って考えるようになったとしても、不思議はないと思う……」

 つん、と鼻にくるような、痛々しい一瞬の間のあとで、まるでテレビドラマのように、母さんが「わっ」と泣き伏す。

 この程度の反応しかできないのだ。

 他のやりかたを、なにひとつ、試してはこなかったのだ、この人は。

 

 

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