minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

7

  分散系

 

 

 奇怪な葬列が、中庭をぐるっと一回りして、再び、ニセアカシアの林に入って行く寸前のところで、ようやく滝は、ぴりかに追いつく。

 ぴりかは、完全にトリップしていた……。もう、あの死体から、すっかり目が離せなくなってしまっている。

 細い踏み分け道に入っていく地点で、何人かの生徒たちが脱落していった。こんな薄暗い林の中へまで、ついていく度胸はない、ということか。振り返ると、丸く開いた木々のトンネルの向こう、中庭の、陽の当たる敷石の上に立って、名残惜しげにこちらを見送っている。

 残ったのは、6名。

 ぴりかと、滝。滝の知らない、メガネをかけた、そばかす顔の女の子がひとり。それから、中等部で何度か同じクラスになった事のある、影の薄い系の男子が3名。その内のひとりは、今、滝とぴりかと同じクラスにいる、高杢海斗だった。

「あっ……ども……」

 追いついて来た滝を見つけて、少々ぎょっとしたような表情で、ぺこんと頭を下げる。なんで同級生に敬語を使うのか知らないが、ともかく見知った人間を捕まえた滝は、矢継ぎ早に質問する。

「どこ行くの、この連中。」

「いや、知らないっす。」

「なんなの、いったい、これ。」

「いや……わかんないっす。」

「じゃーなんであんた後付けてるのよ。」

 呆れた口調でそう言うと、高杢はなにか、咎められたとでも思ったのか、申し訳なさそうな顔で俯いて、

「……いや……おもしろそうかなって……」

 と、もごもごと呟き、それから気まずそうに、少し、前の方まで逃げていった。

「こーちーはんにゃ~はーらーみつた~~~……」

 かーん……

「ぜーだいじんしゅ~ぜーだいみょうしゅ~~~……」

 かーん……

 やがて、突然行く手がからりと開け、古ぼけた洋館が出現する。

「うわ、なんだこれ、少年探偵団とかに出てきそう……」

 と、高杢が呟くのが聞こえる。

「桃園学園の事務棟だ! こんなところにあったのかー!」

 と、名前は忘れたけど、中等部で2年の時一緒だった、童顔の男子が感動の叫びを上げる。

 それを聞いたら、滝も思い出した。学園のホームページに、これの写真が載っていた。確か大正末期だかに作られた、二階建ての建物。ドイツの郊外住宅を真似た建築様式だとかで、雪国でもないのに、てっぺんに急勾配のスレート屋根が付いている。

 戦時中に起きた火災で、校舎も、講堂も燃えてしまったが、この建物だけは生き残った。その後もしばらく、職員の宿舎などに利用されてきたが、昭和の終わり頃、桃園学園が学校法人になって、桃李学園と名前を変え、最新の設備を揃えた宿舎が出来上がった時点で使われなくなった……ようなことが書いてあった、はずだ。

 葬列は、古めかしい木製の扉を抜けて、その建物の中へと吸い込まれ……見えなくなってしまった。

 取り残された生徒たちの間に、一瞬、迷いと怖れが生じる。

 と、同時に、それが彼らの精神に、奇妙な連帯感をも生ぜしめる。

「……どうする?」

 と、童顔男が、誰にともなく呟く。

「ど、どうするって……」

 と、高杢が、はっきりしない態度でもごもご呟く。

「ここまで来て引き返せるかよぉ。」

 と、3人目の、巨体の男子が、言葉は勇ましいが、ひっくり返ったような声で言う。

 中からは、まだ読経が続いているのが聞こえる……いよいよそれは、クライマックスを迎えているらしい。もう、あの奇妙な『間』はない。かんかんと、激しく、リズミカルに叩き鳴らされる鐘の音に合わせ、飛び跳ねるような、ダンサブルな絶叫。

「ぎゃーていぎゃーていはらぎゃーてい、はらそーぎゃーていぼじそわかー♪

 ぎゃーていぎゃーていはらぎゃーてい、はらそーぎゃーていぼじそわかー♪」

「あっ……ぴりか!」

 と、滝が、叫んだ時には遅かった。ついに頭のヒューズの飛んだぴりかが、

「うきゃーっ!!」

 と歓喜の叫びを上げて、拳を振り上げながら、内部へ突撃していく。

「ま、待ちなさーい!」

「あ、ぼ、僕も……」

「俺も行く。」

「わたしも……」

「ぼぼぼ僕も。」

 縺れるように、残りの5名が、一斉に扉をくぐり抜ける。

 そこは……魔界だった。

 2階まで吹き抜けになったホールいっぱいに、もくもくと焚き上げられたスモークを、照らし出す真っ赤なライト。

 中央に、遺体を荼毘に付すための薪が積み重ねられている。そのまわりで、あの戸板を運んでいた6人の青白い男女……プラス、ぴりかもすでに一緒……が、手を振り、足を降り、でたらめなステップを踏み鳴らしながら、気が狂ったように踊りまくっている。

「ぎゃーていぎゃーていはらぎゃーてい、はらそーぎゃーていぼじそわかー♪

 ぎゃーていぎゃーていはらぎゃーてい、はらそーぎゃーていぼじそわかー♪」

「美しい……のですぅ。」

 と、メガネの女の子が、滝のすぐ隣で、胸に手を当てて、恍惚の表情で呟く。それにビクーっと身を仰け反らせながら、なんかへんなのが増えてるよう、と滝は、頭の中だけで悲鳴を上げる。

 バシュッ!

 と、鋭い破裂音がして、荼毘の薪の中から、新たなスモークが立ち上った。

 周囲の動きが緩慢になる。もう読経はなく、「おーおーおーおー!」と言う、長く引っ張るような叫び声だけを上げながら、青白い男女が、薪の山に接近していく。

 毒々しい赤いライトが次第次第に消えていき、奇妙に清浄な、白い地の明かり。

「……がぁ~~~っ……」

 と、今までにはなかった声が、周囲の叫びに唱和して、次第に高まっていくのを聞いた。

 独特の声だった。一度、聞いたら忘れられないような、魔術的な響きを持った声。

 薪の山の中で、何かが動き始める……。そーでしょう、そーでしょう、絶っ対にそう来ると思ったわよ、と頭の中で毒づきながらも、滝は、それを実際にやってしまう人間が、自分の生活圏内に現存する、ということ自体に、驚嘆せずにはいられない。

 吹き上げるスモークの中、あの死体が、ゆっくりと姿を現した。

 なにかで吊り上げられているのは間違いなかった。でも、ことはすでに、そんなトリックがどうのと言うレベルを超えている。

 歪んで固まっていた肉体に、新たな生命が蘇り、淀んでいた眼が光を取り戻す。次第に視線を上空へと向けながら、力強く腕を差し上げていく。その喉から絞り出される魔術的な声が、さらに大きくなっていく。

 2階の回廊あたりまで上り詰めた時、そのさらに上の屋根裏の当たりから、強烈なスポットライトが、パッと斜めに差し込んで、蘇ったものを、鮮やかに照らしだした。

 同時に、周囲の人間が、ぴたりと叫びを止める。

 スモークが揺らす、細く筋になって差し込む、光の帯……キリスト教の宗教画に、よく描かれているようなやつ。

 そして蘇ったものが、大音声でその名を告げた。

「……ちん……っだるげんしょおぉぉーっ!!」

「おおおおおーっ!!」

 終わりだ。やったー。大成功だー。そんな喜びをいっぱいに表して、青白い男女がけらけらと笑い出し、ずたずたの着物を、次々と脱ぎ捨てる。下から現れる、桃李学園高校指定、夏用半袖体操服。

「はーいっ、1年生のみなさぁーん!」

 ばたばたと太い足を動かしながら、死体が地上へ降りてくる。風船のような、はち切れそうな笑顔。

「マイナークラブハウスへよーこそー!!」

 その笑顔を見て、再び、滝は仰天する。

 死体役の人は……女の子だった!

 

 

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