minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

8

  よりどりみどり

 

 

 樽のような腰回りと、その半分の太さの、2本の脚。がっちりとした肩の上に乗っかった、下膨れのまんまる顔。

 短くカットした髪の毛は、黒々として、針金のように固そう。今だって多分、汗に濡れただけでこんなに、つんつんと上を向いて突っ立っている。きっと地の量がもの凄く多くて、シャギーをたっぷりかけないと収拾がつかなくなるタイプ。

「あらっ。どーしたのみなさん。まるでナウマン象にウンコでも引っ掛けられたみたいにぼーぜんとしちゃって。」

 濃ゆい眉毛の下で、これだけは不釣り合いなほどぱっちりと、睫毛の長い愛くるしい瞳を瞬かせて、そんな下品なことをさらーっと言う。

「やっぱ、オチが難しかった? ん?」

「……一応、あたしはわかりましたけど、ね……」

 男子3名は手に手を取り合わんばかりにくっつきあってバカになっちゃってるし、メガネちゃんは恍惚としてるし、ぴりかは興奮し過ぎて手をばたばたさせながら飛び跳ねているしで……仕方なく、代表のようになって滝が応じる。

 いつだってそうだ。小さい頃から、誰か外部の大人とかに何か質問されたりすると、一緒に遊んでいた友達はみんな貝のように口を噤んで意識を飛ばして「なに言われてるのかわかんなーい。誰か、あたし以外の人が、責任もって応えておいてー」って態度に終始する。それで結局イライラして面倒くさくなって、ついついあたしが矢面に立ってしまうのだ。もう昔っから決まってるんだ。

 死体役の女の子は、巨大なお尻をゆさゆさと揺すぶりながら、太い腕を背中へのばして、もはや丸見えのワイヤーロープを、ベルトからカチャンと取り外す。

「はいオッケー。」

 言うと同時に、ワイヤーはからからと巻き上げられて行った。それを1年生たちが、一斉に目で追う。天井に滑車があり、そこからさらに斜め下へと伸びている。2階の回廊で、あの先頭の緑色の小男が、巻き上げ機を操作していた。

「1、2、3、4、5、6! 6名!」

 と、担ぎ手役のひとりの男子が、1年生の数を数える。

「目標達成おめでとーう!!」

「いやー、よかった、よかった! 練習した甲斐があったねえ。」

 互いに握手して、健闘を称え合っている。

「後は、どうシェアするかですね。」

「ね、ねーねーねー、この子、シソ研がもらっていいか?」

 と、中で一番背の高い、エラの張った顔つきの男子が、ぴりかの両肩を、背後からがちっと取り押さえる。まだ興奮から醒めきっていないぴりかが、はにゃ? などと言いながら、瞳孔の開いた目をくるくる回転させる。

「えー? 彼女は思想ってカンジじゃないでしょう。」

「あー? じゃー歴史って感じはするのかよ!?」

「ねえ、読書好き? 文芸部に入らない?」

「おたくは数、足りてるだろー!」

「なんだよ、いいじゃんひとりくらい、手伝ってやったじゃねーかよ!」

「シソ研!」

「文芸!」

「はっ……はにゃー!? はにゃー!? はにゃー!?」

 かんかんかんかんかーん! と、あの鐘が連打される。死体役の女の子が、むん! と両足を開いて仁王立ちで、

「うるさあーい!」

 と一喝すると、不気味な青塗りの体操服男子たちは、たちまちのうちに四方へすっ飛んだ。

「説明、しまっす! ……朔太郎。」

「うス。」

 階段から、緑色の先導役が、ぼろぼろの衣装のままで、ことりことりと降りてくる。

「演劇部副部長、小笠原朔太郎……3年です。」

 自己紹介しながら、固まって立つ1年生男子たちと、出口の扉との間に入り込み、がちーん、と閂を下ろしてしまった。

「……逃げられませんよ。」

 ごく薄く、にたーりと笑う。

「あらためて、マイナークラブハウスへようこそ……。本日の演し物は、いかがでしたか?」

 ひとりひとりの顔を、すーっと、撫でるように眺めていく。もちろん、感想を述べる奴など、ひとりもいない。彼の方も、おそらく、期待してはいない。

「ここは、校舎には部室をもらえない、弱小文化部の吹きだまりです。桃李学園は、部員5名以下の部は、その存続は認めても、正式に部として扱ってはくれない。現在、ここに部室を置く文化部は7つ……そのうち、文芸部を除く全ての部で、部員数が定員を下回っています。そこで今回、我々演劇部を中心に、クラブハウス全体としての勧誘活動を行うことになったわけです。集まった人数は、山分けにする約束で。」

「や……」

 山分けだ? あまりに人権を無視した表現に、滝は呆れを通り越して、怒りさえ覚えてくる。

「という訳でお集りの6名の1年生諸君には、一通りの説明を受けた上で、各々の所属を決して頂きたい。あいうえお順でいいね? まず、ウクレレ部があるんだが、これは部長の松野が、自分の代できっぱりと廃部にする意向を固めているので、募集はない。次は、園芸部。」

 すっと手を伸ばした先で、担ぎ手の一員だった女の子が、恥ずかしそうにぺこんとお辞儀をする。

「園芸部長の、大沢エリです……あ、えっと、あの、3年生、です。」

 体操服の、健康的な女子高生の肉体に、青く塗ったままの顔が痛々しい。こうして喋っているところを見ると、彼女はわりと、まともな精神の持ち主に見える。おそらく、あんなことは、一世一代の恥のかきすて、だったのではあるまいか。

「うちは、あの、もう1年生がひとり、男子が、入ってくれて。だから、部員、2名です。もうここでがんばっても、絶対、5名にはならないし、だから、無理にとは、言わないです。でも、園芸部、楽しいです。この建物の中庭に、今は、ハーブをいっぱい植えて、お茶にしたり、ポプリを作ったり、しています。よかったら、入って下さい。」

 そう言って、再びぺこんと、かわいいお辞儀をする……流れから言って、拍手とかするところなのだが、1年生たちはまだ、そういう気分に戻れない。ぽかんと、気まずい間が空いてしまって、園芸部長はますます照れて、縮こまっている。

「次は、我々演劇部……」

 と、副部長が言うや、

「部長の土井陽子です!」

 と、死体が声を張り上げる。腹の底から出して、体中に響かせているような声。

「うちはいまんとこ、あたしと、朔太郎の二人だけ。だけど友達二人に頼んで、名前だけ貸してもらってるから、表向きは4名です。あとひとり! この中の、誰かひとりだけでも入部してくれたら、部費も出るし、助かるの! んヨロシクねっ!」

 豊満な胸を、ぶるんと揺さぶりながら、ちゅぱっと投げキッス&ウインク。滝の斜め後ろで、うぷ……と小さくうめいた奴がいる。多分、高杢。

「次、ウチだよな?」

 と言いながら、ぴりかを構っていた背の高い男子が、真ん中へ出て来る。

「思想研究会、会長の高橋奈緒志郎でっす! 3年生、17歳、乙女座AB型、好きな思想家はハイデッガーとイヴァン・イリイチ! ……あとこれ、会員のヤマダくん。2年。」

 あからさまに落差を付けて、傍らの地味系少年の頭をぽんぽんする。ヤマダくんは、特に文句もない様子。

「うちも演劇と一緒だな、幽霊部員が二人いるから、あとひとり……ねえ、君、入ってくれないかなあ、なかなかいないよ、ああいう変成意識状態にあそこまで突入できちゃう人って。ね、名前なんて言うの?」

 と言って、またぴりかにちょっかい出すのをふん捕まえて引き戻しながら、四角いメガネがクールに呟く。

「個人プレー走んないで下さいよ……。次、おたくらだろ、文芸。」

「ほーい。……文芸部、岩村聡、2年生です。うちは一応……エヘヘ、ここでは大所帯と言いますか、部員数は一応、12名と、近年のケータイ小説の興隆もあるんでしょうかねえ、僕の代あたりから、女の子もたくさん来てくれるようになって……」

「自慢はいーんだよ!」

「ちゃっちゃとやれよ!」

「だいたいお前らがいつまでもここにいる方がおかしいんだよ! さっさと本校舎へ引っ越せ! メジャー!!」

「はいおしまい。はいおしまい。次はウチ。歴史研究会。」

 わーっと力ずくで後ろへ下がらせられた文芸部員と交代で、再び四角メガネが、颯爽と前へ出てくる。

「ウチは歴史、古いです。歴史研究会だけに会の歴史も古い。桃園学園創立当初の校外活動として、学園のホームページに古い会報の写しが載ってるくらいだもんね。現在、この僕が、第34代会長を務めている。2年生の三浦光輝。5月16日生まれだからもうすぐたーんじょーびー! よろしくっ。んで、こちらが。」

 6人の担ぎ手の最後のひとりを指し示して言う。

「ウチの副会長の美優ちゃん。あとひとり、彼女の親友が名前だけ貸してくれてるから、ウチは計3人。だからぜひ、あと2名の参加を、どぞ、よろしく! はい、では、トリは美優ちゃん、どうぞっ。」

「歴史研究会副会長、兼……和琴部、部長の沢渡美優です。」

 形の美しいふくらはぎで、滑るように歩いてくる。しゃらん、と音の鳴りそうな、優雅な笑顔……青塗りのままだけど。

「あたし、ひとりしかいないけど、まだ2年だし……別に、自分が卒業した後、つぶれても構わないかなって思ってるので……このお葬式劇が、おもしろそうかなって思って、ちょっと参加しただけだから……」

 うふ、と、まるでカクテルパーティーかなにかに参加を決めただけみたいな笑い方。

「だから、ウチは、無理に入ってもらわなくてもいいです。でも、桃園会館にいると、何部だとか、そんなこと関係なくなってきちゃうから……みんな仲間みたいで。すっごく楽しいから、よかったら、どこかに入部していって下さいね。」

 すっと体の前で手を重ね、たおやかに背を折る。和装の身のこなしだ。

「以上、部活紹介でした! では、1年生のみなさん!」

 演劇部長が、また、かんかんかん! と鐘を打ち鳴らして、高らかに宣言する。

「今度はみなさんの自己紹介をどうぞーっ!!」

「……って。」

「え?」

「えっ?」

 全員が、戸惑う中を……

 滝は、居並ぶ先輩たちをまるで無視してぴりかの前まで一直線に歩き、馴れ馴れしく肩にかかったままのシソ研の手を、ハエかなんかのように振り払う。それからぴりかを引っ張って、今度はまた一直線に、扉へと向う。

 進路上に立っていた人間は、1年生も先輩も、みんな見えない手に押し出されたみたいに、二人をよけた。

 扉の前に立っていた演劇副部長を、真正面からがっちり睨んで、言う。

「帰ります。……これ、開けて下さい。」

 

 

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