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勧誘会
「まだ、部活決まってない人、いますか。」
と、柳場先生が片手を挙げながら尋ねる。教室のあちこちから、ぽつりぽつりと手が挙る。
滝はまだ、どこにも届けを出していない。けれど、「決めてない人は挙手」と明確に言われた訳でもないので、そっぽを向いて、知らんぷりを決めこむ。
隣でぴりかは、滝の不機嫌そうな顔を眺めて、これもただ座っている。
「はい、結構です……。みなさん知ってると思いますが、もちろん部活動は、強制ではありません。が、伝統的に桃李学園では、部活動には力を入れていて、できれば、せっかくの高校時代の3年間、授業だけではなく、他になにか打ち込めるものを見つけて、がんばってみるのはたいへん、いいことだと思います。各種のイベントの際にも、クラス別ではなく、部活動ごとのオリエンテーションがたくさんあったりもしますから、そういう時に、不便がないようにするためにも、できれば、みなさんどこか、合うところを見つけてですね……」
(強制と変わんないじゃないのよ、そこまで言ったら!)
ふん、と滝は、鼻を鳴らしてしかめっ面をする。どうして学校の先生って、こう回りくどい言い方しかできないんだろう。ああしろ、こうしろって、本当は最初っからなにもかも決めてあるくせに、強制じゃありませーん、ただ世の中っていうのは、こうこうこういうふうに出来てるから、ほぅーら結局はこうするのが一番いいって、わかるでしょう? ってなもんだ。
「つまり、入んなきゃいけないんだねえ。」
と、ぴりかが他人事のようにのんびりと言う。
「タキはなにか入ってるの?」
「うるさい。」
小声でたしなめ、びしっと黙らせる。どうもぴりかは、学校のルールに疎すぎる。ルール、と言っても、もちろん正規の校則のことではない。こういう際に、私語を交わす時にはどれくらいの音声までなら見逃されるか、とか、早弁でなにか食べるにしても、どれくらい遠慮がちなところを見せれば周囲に許容してもらえるのか、といった、微妙なサジ加減のことだ。
ぴりかはそういう加減を、まるで無視する……あるいは、わざとやっているのだろうか。こちらから、へたに許容範囲内の声で、授業中になにか話しかけたりしようものなら、
「うん! うん! オイラも今、そー言おうとおもてったとこっ!!」
と元気に返事されて、注目されて困ってしまうことになる。
えらいもんのお目付役になっちゃったな……と、ここ数日、細かいため息が尽きない。
「という訳で、今日の6限目は、小体育館で、部活勧誘会となります。」
言いながら、柳場先生が、黒板に予定を書き出していく。
「小体育館に入る時には、クラスごとに整列して入りますが、戻る時は自由です。それで、本日の授業は終了となります。勧誘会の後、熱心な2、3年生が、小体育館の外でも、いろんな……そのう、活動をして待ち構えていますから……」
くすくすと、教室中に笑いが広がる。
そう。中等部から持ち上がってきた連中は、みんな知っている。この、正規の勧誘会の終了後に、小体育館周辺で繰り広げられるお祭り騒ぎこそ、本日のメイン・イベントなのだ。
もともとは、運動部のうちのいくつかが、大学でのサークル勧誘の有り様をまねて、歌ったり踊ったりのデモンストレーションを行ったのが始まりらしい。今はどこの部も……それこそ、もうこの時点で十分な数の部員を集めてしまっていて、新たに初心者を入れる余地もなさそうな強豪部までが、年中行事でやっている。中等部からも、見物の生徒が大勢やって来て、季節外れの、一発芸だらけのプチ・文化祭みたいなものだ。
滝も、去年、見にきた。高等部の手芸部は、パンジーのプランターで囲んだ小さなスペースで、手作りのメイド衣装を着てカラオケでアニソンを歌っていた。その脇に据えられた会議用の長机に、フェルトの携帯ストラップとか、絞り染めの巾着袋とか、小物がいくつか展示してあったけど、てんでなっちゃあいなかった。
コスプレ部かよ、と滝は思い、ふんと鼻を鳴らした。来年、あたしが入ったらシメてやろ、とか、考えてもいた。
それももう、昔のことだ……あの部には、あの部にふさわしい連中が、大挙して入っていった。めでたし、めでたしだ。憂鬱な顔をして、滝は目を閉じ、余計な感傷を閉め出そうと努力する。
見るのはやはり、疲れた。
正規の勧誘会はただ、部長以下数名がマイクの前に立って、これまでの実績やら活動内容、部員数などを読み上げていくだけだ。すでに意識が、その『後』に向っている1年生たちも気もそぞろで、誰も熱心に聞いちゃいない。
滝はぴりかを構って、暇をつぶした。ぴりかはあからさまに退屈がって、がたがたと体を前後に揺らしたり、「だぅーん、だぅーん」などとおかしな擬音をつけて三角座りのままくるくる移動して行ったり、寝転がったり、まったくじっとしていない。
「小学校低学年男子か、あんたは!」
小声で叱りつけながら、丸めたプリントで脳天に一撃入れる。
「きゅう。」
「縮むな。」
「にゅーっ。」
「伸びるな!」
「でーんでーんーむーしむっし♪」
「這うな! パンツ見えてるでしょ、ばかっ!」
尺取り虫みたいに動きながら遠ざかろうとするぴりかの、へこへこと上下する尻に、脱いだ内履きでパチーンとくらわす。
「……い……痛いでふ。」
「もうすぐ終わるから。」
元の位置までずるずるひっぱって戻しながら、滝はすばやくあたりを見回し、注意しに来る教師がいないかどうか確認する。
柳場先生が、こっちを見ていた。
その顔を見て、滝は気づく。先生は先生で、誰か、自分以外の教師が二人を叱りに行きはしまいかと、はらはらしながら見守っていたらしい。
「……がまんしな、ぴりか。」
小声でドスを利かせてそういうと、ぴりかは悲しそうな顔をして、膝に顔を埋めて、そのままころんと横になって、目を閉じて動かなくなった。
……許容範囲、ギリギリ、かな。そっと、柳場先生を振り返る。先生は、ちょっと寂しそうな顔で微笑みながら、じっと立ったままでいる。
その微笑みの、妙に哀れむような感じが、どうも腑に落ちない。
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