minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

5

  まるくてあついものの追憶

 

 

 解散、という指示が下るやいなや、1年生たちはどっとリラックスした叫びをあげて、出口へと突進していく。

 外はもう、大騒ぎが始まっている……スピーカーから流れるポップス、チームの応援歌を合唱する体育会系男子のぶっとい声、ホイッスル、トランペット……

 ぎゃりーん、と鋭いギターの音と同時に、きゃーっという女の子たちの歓声が上がる。軽音楽部の演奏が、もう始まった。歴史も長く、実力者も多く、卒業後プロデビューして有名になった出身者もいるこの部のデモンストレーションは、毎年大人気だ。

「おまつり? タキ、おまつり?」

 ぱっと起き上がったぴりかが、目をまんまるにして、そう尋ねる。

「いや、違うけど。まあ、似たようなもんかな。」

「おまつりなの!?」

 びょーんと跳ね起きて、一目散に出口へ走る。

「うっきょーっ!! おまつりーっ!!」

「あ、こら!」

 混み混みの出口をかいくぐるなんてまっぴら、あらかた人が捌けた頃に、落ち着いて出よう……と決めていた滝は、それでも、大慌てで立ち上がって、ぴりかを追いかける。

 

 軽音部のステージのそばで発見したぴりかは、滝の予想に反して、ひどく大人しく、人ごみから離れたところに、ぽつねんと立っていた。

 大騒ぎして最前列に割り込んで、拳振り上げてぴょんぴょんしてるんじゃあるまいか、そうだったらもう、放っといて帰ろう……と思っていた滝は、ちょっと拍子抜けする。

「なによ、こんなとこで。」

 ぽんと頭に手を乗せる。ぴりかは、うつろな表情で、バンドの演奏を凝視している。

 それは例の、この部からデビューしていったバンドの最新のヒット曲で、楽器の編成も、ファッションも、ボーカルのちょっとした仕草までもが、完全にコピーなのだった。

「どう、おもしろい?」

「ううん。」

 ぷるぷると、ぴりかが首を横に振る。

「そーくんのほうが、ずーっとスゴい。」

 そしてくるりと踵を返して、歩き出す。

 

 あちこちに人だかりが出来て、ところどころ、盛り上がったりもしている。

 右手から、ギャハハっと大爆笑。台の上に、ずらりと一列に並んだサッカー部員が、ユニフォームのパンツのウエストゴムに手をかけて、中腰で見物に背を向けている。オーエーッ! とどら声を張り上げながら、応援旗を持ったひとりが駆け抜けるのを合図に、順繰りにパンツを半分ずつ下ろして、尻を突き出して行く。半ケツのウェーブ。

 食い込みの競泳パンツいっちょうの男子水泳部。全員、不必要に大きなクリップで鼻をつまんで、水中にいるつもり、のエア・シンクロナイズドスイミング。ぷはーっ、とわざとらしく息を継いでから、いかにもな作り笑いでにっこりとポーズを取ると、

「キモーい!!」

 という叫び声と一緒に、笑い声と拍手が弾ける。

 素のまんまでもいける部は、シンプルにやっている。新体操部なんかは、普段の練習そのまんまって感じで、特に工夫もなしだ。女子よりも、レオタードにつられた男子の見学の方が多いけど、まあまあ盛況と言えるだろう。パンチングボールを持ち出して、黙々叩いているボクシング部、フツーに素振りやってる剣道部、パス回ししているバスケ部なんてのは、わざわざ立ち止まって見る人も少ないけれど、単に見栄えのいい奴がユニフォーム姿でコントやったり、小指たててマイク握ってカラオケ歌ってるだけの連中より、ずっと清々しい。

 特になにかに気を引かれることもなく、それほどおもしろがる様子も見せず……しばらく、きょときょとと歩き回っていたぴりかが、滝を見上げて尋ねる。

「ねえねえタキ、あれは、ないのかなあ、あの……」

「なに?」

「……売ってるやつ……あの、おまつりでさあ、日本のおまつりで……入り口とかで……こんな……まあるくってさあ、これくらいのプラスチックに……」

 眉根に深ーくしわ寄せて、懸命に言葉を探している。聞いている滝も、謎が謎で、眉根にしわが寄る。

「……なーんこくらいだったっけなあ、8個か、10個くらい入って……こんくらいの大きさで、茶色のソースと、白いのと……あとなんか、粉っぽいものがいろいろ、かかってて、あつあつの……」

「あっ、あー……たこ焼き? もしかして。」

 そう言っても、ぴりかはまだ、わからない顔をしている。多分、名前を覚えていないのだ。

 そうか。イメージぜんぜん違うからすっかり忘れてたけど、こいつって一応、帰国子女だっけ。

「爪楊枝、刺して食べた覚え、ある?」

「……ような、気が、する……」

「ちょっと中がとろーんとして……小麦粉の生地で。」

「うん……多分。」

「中に、タコ入ってた? その、ちょっと固ーくてさ、ごむごむっとした芯が……」

「そー、そーそー、それがなかなか、噛み切れなくってさあ!」

「はいはい。間違いない。」

 名探偵が推理を終えたようにふんぞり返って、滝は断言する。

「それは、『たこ焼き』です。」

「売ってる!? どっかに!」

「ここにはない。」

 言うと、がっくりと肩を落とす。真剣に、期待していたようだ。

「おまつりじゃーないんだってば……単なる部員勧誘会なんだから、出店とかはないの。文化祭なら、焼きそばの屋台ぐらい出るだろうけど、たこ焼きはねえ、難しそうだし……」

「むずかしい、おりょうりなんだ……そっかー……」

「いや、別に料理として難しいとかじゃなくてさ。そんなに食べたきゃ、別におまつりでなくっても売ってるよ? スーパーとかに。」

「えっ?」

 なにか、ものすごーく足元の方にある基本的概念がひっくり返った人のような顔をして、ぴりかは呆然と、滝を見上げる。

「……食べに行く?」

 と滝は、そのあまりの驚愕の深さに、半ば感動に近いものを覚えて、思わず申し出てしまう。

 ぴりかの目の中で、瞳孔が、くわーっと開く。

 

 

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