minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

9

  マイナークラブハウスの星月夜

 

 

 4泊5日の合宿も、とうとう明日でおしまい。つまり、これが最後の夜だ。

 気まずい思いをしたまま帰りたくない。そう思って、風呂上がりに天野に声をかけてみる。

「散歩しないか?」

 20センチも背の高いルームメイトは、初め、なにを言われたのかよくわからない様子できょとんと海斗を見下ろしていたが、やがて黙ったまま玄関に向かい、サンダルを履いて、外へ出る。

 

「悪かったな……さっき。」

 いきなりこんな風に切り出しても、わかんないかも、と思ったが、天野は意外にも、

「いや。高杢君の言ったことは、事実だと思う。」

 と、あっさり応える。

「僕の人格に、なにか欠落があるらしいことは、人に言われなくとも、充分理解しているつもりだ。」

「欠落……までは言ってないよ、僕は……」

「いや、欠落だ。高杢君、好きなプロ野球のチームなどはあるだろうか? あるいは、サッカーなどでもいいのだが。」

「……へっ?」

 あまりにも不似合いな質問に、海斗は二の句も告げずにバカ面をさらしてしまう。

 プロ野球? サッカー!? 天野の口からそんな単語が???

「……ないか?」

「い、いや……僕、スワローズのファン。サッカーは特に、好きなチームとかはないけど、ワールドカップ見るのは好きかな。」

「ワールドカップ……。やはり、日本のチームを応援しながら見るのだろうか?」

「そりゃね、日本人だもん。」

「しかしそのチームに、君の個人的な友人や、親戚などがいるわけではないだろう?」

「いないよ。」

「対戦相手のチームの中にも、おそらくいまい。」

「いないね。」

「では、なぜだ?」

「…………?」

「日本のチームにも、相手の国のチームにも、誰ひとりとして、個人的なつき合いのある人間はいない。知らない人間同士が、知らない理由を掲げて戦っているだけだ。それなのに、なぜ当然のように、どちらか一方の勝利を、心から願ったりできるのだろう?」

「…………。」

 絶句する。そりゃ、僕が日本人だから……などと言っても、おそらくムダだろう。こういうのは、理屈じゃない。もっと、自然に湧き上がってくるものだ。

「僕の通っていた中学のバスケットボール部が、県大会の決勝に進出して、全校生徒が見物に連れ出されたことがある。僕はその部に、特に友人などはいなかったので、非常に退屈な思いをした。それでも、学校生活において、集団行動を乱すのはよくないことだというルールは学習していたから、そこを立ち去ることも、本を取り出して読むことも控え、ただ目を閉じて、じっと座っていた。」

「……それ、思いっ切り集団行動乱してる気が……」

「そう言われた。突然、頬に衝撃を受けて、目を開けた。すぐ目の前に、担任教師の姿があった。僕を、真上から睨みつけていた。」

「……殴られたのか? 先生に?」

「桃李学園ではあまり聞かないが、僕の通った小中学校では、珍しくはなかった。」

 そこで天野は珍しく、ふう、としんどそうなため息を挟んだ。

「なぜ友人の応援ができないのか、と、その教師は言った。本当に怒っている様子で……幾分、悲し気でもあった。僕は、この部にも、相手の部にも、友人と呼べるような人間はひとりもおらず、従ってどちらが勝とうが、あまり興味のないことなのだ、ということを、できるだけ筋道を立てて説明した。興味はないが、学校の指示に逆らう意志はなく、だからこそここに、じっと座っているではないかと反論した。殴られる謂れはないと。だが、教師は僕の言い分を理解しなかった。すっかり激高して、自分の通う学校のチームを、心から応援する気持ちが持てないような人間は、殴られてもいい、という意味のことを、長い時間をかけて怒鳴り散らした。自分の教え子に、こんな冷酷な人間がいることが情けなく、申し訳ない、とまで言った。なにに対して申し訳なく思うのか、その対象となるものが、どうも文脈からは読み取れなかったのだが……」

「それ、その先生がヘンだよ。気にする事ないよ。」

「だが実際、ほとんどの生徒は、自らの意志で立ち上がり、声を枯らして学校名を連呼していた。得点がある度に歓声を上げ、敗退した時には、泣き出すものが大勢あった。あちらこちらで数人ずつの塊になり、抱き合って号泣する生徒たちを見て、僕は……」

 長い、長い間が空く。

 海斗は、黙って待つ。天野が自分の話を、こんなところでぶった切ることはしないとわかっている。

「……殺意を覚えた。」

 すーっと、息を吸いこむ。その告白を受け止めるために、胸が、いっぱいの空気を必要としている。

「別段、自分の手でどうかしたかったわけではなく……落雷かなにかで、あの騒々しい塊が、瞬時に消滅でもしてくれればいいと願ったのだ。きれいさっぱりと。だが、しばらくその落雷の夢想に浸った後、今度は、激しい罪悪感に苛まれた。そして知ったのだ。僕は本当に、あの教師の言う通りの人間なのだと。このまま、人の世に交じって生きていく限り、いつ誰に殴られても、文句は言えないのだと。」

「……だから、ひとりきりで暮らしたいのか。」

「そうだ。殴られるのもごめんだし……あんな殺意に見舞われるのもごめんだ。今はコントロールする術を心得ているからいいが、なにかあって、バランスを崩して、うっかり大量殺人犯などになりたくはない。……そろそろ、戻ろうか。」

 来た道を、回れ右して、後戻りする。どこへも行かない散歩。歩きながらでないと、語れない内容を語るための。

 空には、上弦の月。そして、街では決して見ることのできない、見事な天の川。

 門の手前で、海斗はルームメイトの顔を見上げる。そして、最後の質問をする。

「天野。……桃園会館のみんなを、殺したいと思ったことはある?」

 立ち止まり、しばらく動きを固めた後で、天野は黙って、首を横に振る。

 そして、再び歩き出しながら、

「この話を人にしたのは初めてだ。」

 と言って、長い首をかっくりと後ろに折り曲げて、上空の星を仰いだ。

 

 

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