3
スープ
おれは猫だ。おれはおれの道を行く。
おれの暮らしは、おれだけが持っている。
がちん、がちんと、何度かカタそうな音の後で、小さな、青い炎が灯る。
おれがぴゅっと飛び退ると、もしゃもしゃは、
「だいじょぶだよう、きゅうり。こんな小さい火、悪いことしやしないよう。」
と、言って笑った。
もしゃもしゃは時々、庭の隅に建っている、小さな建物の中で寝ることにしたようだ。
よく、のっぽが出入りして、道具をしまったり、土から掘り出したものを袋詰めにしてしまったりしている、埃っぽい場所。
大丈夫か、もしゃもしゃ? のっぽのやつ、怒って急に現れたりしないか?
「だいじょぶだよ。園芸部長、食事の後は、いっつもお勉強ばっかしてるって、たかもくんがゆってたもん。それに、寮、消灯時間過ぎたら、どこもがっちり鍵しまっちゃうから、とても抜け出せないんだって。ひひひ」
水を張ったナベを、青い火の上に乗せ、のっぽがしまいこんでおいた細い根っこや、丸い根っこを、どぼんどぼんと落とす。
しばらくして、ぽこぽこと動き出した水の中に、なにかの粉を入れる。
肉のニオイが、建物の中いっぱいに立ち上る。
「なうー……」
たまらず、声が出る。
「お? 欲しそうなお顔ですな、きゅうりさん。これ、ゴーヘーが部室に持ってきてくれたんだよ。えと……『カリスマシェフ、大和田久志のこだわり、金のコンソメスープ!』だとさ……。あいつんちも、オイラんちと同じで、いろんなとこからいろんなハコ、どかどか届くらしいね。へんな仕組みだよねえ、世の中って。あんなモノ余ってる家に送って来ないで、もっと、本当に欲しがってる人のとこへあげればいいのに。……まあ、おかげてこちとら、命つないでっけどさ。」
喋ってないで。それを早く。おれに。
「待ってよ。ニンジンとカブが煮えたら、モチも入れるつもりなんだから……。このモチ、ヤマダ先輩のおじいちゃんちのモチなんだよ。新米で搗いたの、送ってくれたんだって。いいよね、そういうの……」
ああもう。たまんない。この匂い。にゃあにゃあにゃあ。
「ケモノだなあ、きゅうり……ちょっと待ってったら、待って。どうせネコの人には、まだ熱くて無理だってば。ほら。」
言いながら、もしゃもしゃがナベを下ろして、おれの顔に近づけてくれる。
大急ぎで鼻先を突っこもうとして、寸前でとめる。本当に、たまらん熱だ。納得して、一旦腰を下ろす。
「ちゃーんと分け分けするからさ……」
と、もしゃもしゃは言い、棒切れで、ナベの中を掻き回す。
くるくる回るもしゃもしゃの手を見ていると、目がくるくるしてきて、
(ああ、家庭の幸せってなあ、こういうもんかな……)
と、ふと思う。
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