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カササギ
おれは猫だ。おれはおれの道を行く。
おれのヒゲは、朝の光にふるえてる。
ある朝、共に目覚めたおれたちは、一緒に林の中を散歩した。
「すばらしい朝だね、きゅうり!」
ほんとうに、すばらしい朝だ。夜中まで、しとしとと降り続けた細い雨が上がり、澄んだ大気の中を、白い光が行進する。
「ちんっ……だるげんしょーっ!!」
なんだ、なんだ、突然。びっくりするじゃないか。
「ひひ……ゴメン、きゅうり。光がこういう風に見えるの、チンダル現象ってゆうんだってさ。オイラ、あの時はぜんぜんわかんないで、ただよーこ先輩のイキオイだけで感動しちゃってたけど……別に光だけじゃなくて、ミー散乱における? 粒子の波長? と、つぶつぶの加減が、うんたらかんたらで……」
なんのこっちゃ、それは。
「高橋先輩がいっぱい説明してくれたけど、オイラのあたまじゃ、ちんぷんかんぷんさ。でも、みんなはちゃんと理解してるみたいなのね。賢いよなあ、このガッコの子たち……」
上の方から突然、ギイーッ、ギイーッ、とけたたましい鳴き声。
(へっへえ! サバトラのだんな、あんた、いつからニンゲンの飼い猫になったんだい?)
出やがったな、忌々しいカササギめ。
一昨年あたり、どこか他所の土地から流れついたばかりのくせに、この林で、このおれさまにこんなクチを利くとは、いい度胸だ。
「めぁおろろろろろ……」
「えっ? 今の、きゅうり? そんな声出せるの?」
もしゃもしゃがびっくりしている横で、おれはカササギに怒鳴ってやる。
(やかましい、バカ鳥。てめえ、自分と見分けがつかねえような、薄汚ねえかみさんのクチバシに、年がら年中つつかれて喜んでるようなやつに、言われたかあねえぜ。)
(身を固めねえ種族は、野良でいるうちは気位が高いが、雇われペットになった途端、ニンゲンに腹まで摩らせるっていうが……その娘の手つきは、どんなもんだい?)
(おれはこいつの猫じゃねえ。)
「うーーーおーーーーろろろろろろ……」
(こいつが、おれのニンゲンだ。おれが面倒を見てやってる。)
(へえ! こいつはたまげた! ものは言いよう、とはこのことだな!)
「ギイーッ、ギイッギイッギイッギイッ……」
「うひゃあ……なんか、会話してるぅ……」
(ふん、鳥公。てめえ、今度の春の巣がけは、うんと高い木にしとくがいいぜ。がきが何羽巣立てるもんだか、楽しみだな。)
(言われなくてもそうすらあ、羽をもたねえやつがうっかり落ちたら、脳みそカチ割れるような場所にな!)
「みぎゃあーおろろろろろ!」
「ギィーィーィー、ガシャガシャガシャガシャ!」
叫び立てながら、カササギはいやみったらしく、もしゃもしゃの頭の、すぐ上をかすめて飛び去った。
「うわ! びっくりしたー……。あ、あの鳥の人、なんか、オイラのこと、ヤーな目で見てったよーな気が……」
怖がらせたな、スマン。気にすんな、もしゃもしゃ。
「なんだろ……。やっぱ、オイラがニンゲンだからかな……」
気にすんなって、だから。
ぴょんとひと跳ねして、もしゃもしゃの前に立つ。しっぽを立てて、振り返る。
この林は、おれのシマだ。おまえはおれのニンゲンなんだから、好きに歩けばいい。
「……うん。ありがとう。」
言って、もしゃもしゃは、また歩き出す。
おれは猫だ。おれの暮らしは、おれだけが持っている。
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