minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

3

  極論

 

 

 ぴたり、と天野の動きが止まる。

 ずっと頭突きを喰らわせていたネムノキの根元に、ずるずるとくずおれて、丸くなって寝てしまう。そのまま、しーんと静まり返る。

「……死」

 と太賀が言いかけて、やめる。「し」と発音しただけなのに、それが「死」んだんじゃないだろうな? の出だしの音であることが、すぐに理解できた。つまりは、海斗も同じことを考えていた。

 まさか、と口だけぱくぱくして呟き、薄ら笑いでぶるぶると首を横に振る。二人、目を見合わせて、そーっと天野の傍らに膝をつき、顔を覗きこむ。

 虚空に向けて開いたような目。弛緩した頬。だが、口元が微かに動いている。まるで、夢の中で喋っている人みたいに。

 ぶるるるる……と、エンジンの音が聞こえた。

 瑛一さんのトラックだ、ここを通る!

 と、思った瞬間、二人はテレパシーで繋がったかのような見事な連係プレーで、両側から天野の腋に手を差し入れ、木の反対側に引きずりこむ。

 草の中に伏せて、三叉路を見張る。ぴりかちゃんの乗った栗毛の馬が、ぽくぽくと並足でやってくる。そこで一旦停止して、一方の道を指差しながら、後ろから来たトラックに向けて尋ねる。

「こっちだよねー?」

 トラックの中の瑛一さんが、うんうんと頷いている。それを見てぴりかちゃんは、手綱を引き締め、馬のお腹に、ぽんと踵を入れる。馬は駆け出し、その後を、瑛一さんのトラックが、ゆっくりと追いかけていく。

「……行っちゃった。」

 もう、二度と帰ってこない人を見送ったような、ひどく淋しい口調で、太賀が呟く。

「11時までに……って、結局、伝えそこねちゃったね……」

「で、いい……」

 ぼそりと、天野が言う。元に戻ったのか? と思って、二人で振り返る。が、天野はまだ、あの虚ろな目をして、全身脱力したままだ。側に海斗たちがいることを、理解しているかどうかも定かでない。

「それでいい……僕はもう、なんの関係もない。僕の仕事ではなかった。あれは、獣ではない。最初から、人の子だ……」

「あ……あのなぁ、天野。」

 顔をしかめて、太賀が口を挟む。天野の長い首を掴んで、乱暴に揺さぶる。

「おまえ、今言うべき事、本当にそれか? 獣だ人だって、そんな事、全然関係ないだろう!? もっと、現実を直視して……」

「ちょっ……太賀、よせって。」

 とめようとした海斗の手を振り払って、太賀はなおも怒鳴り続ける。

「放せよ高杢。おまえ、アタマ来ないの? これ見てイタくないの? ぜーったいどっか間違ってるだろうよ、このリアクション!」

「それはそう思うけど……ともかく、首絞めるのはよくないと」

「はははは……」

 脱力した天野の肉体から、突然、高らかな笑い声が起こる。

 仰天して、二人は後ろに飛び退く。1年半つき合ってきて、一度も聞いたことのないもの……天野の笑い声!

「そうだ……あれが獣に見えたのは、僕が思い違いをしていたせいだ。」

 くつくつと、抑え切れない笑い声の下から、天野は喋り続ける。喋りながら、ネムノキに手をついて、ゆっくりと身を起こす。

「あれは、人だ。人を相手になら、人として振る舞う術を知っている。僕の目に、獣として映ったのは、単に……単に、」

 ネムノキの下で、天野は真っ直ぐに立ち、どこか……ひどく遠いところを見つめて、静かに微笑む。

「僕が人でないからだ。」

 糸のように細めた、切れ長の目。ほんの少し端が持ち上がった、薄い唇。

 整ってはいるが、部品が地味で……そのせいで、仏頂面をしていると、ゾンビみたいに不気味に見える、天野の長い顔。

 それが今、断食で入寂したお坊さんのミイラみたいになっちゃっている。思わず手を合わせて、お賽銭のひとつも投げたくなるような、静謐な佇まい。要するに、どっちにしても死体っぽい。

「……己を人だなどと思うから、こんな間違いが起きる。」

 ふふふふ……と軽やかな笑い声をたてながら、天野は歩き出す。三叉路を、ぴりかちゃんたちが行ったのとは別の方角へ、滑るように進んでいく。

「僕は、人ならぬものだ……誰とも解り合えぬ。この世界を、ひとりで転々として生きていくより、他にないのだ……」

「あ……天野ぉ……」

 そう呼びかける海斗の声が、すでに独り言である。届かない。たとえ耳たぶを引っ張って、口元へ持ってきて怒鳴っても、決してあいつには届かない。

 

 

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20/20

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