4
いつか、思い出す日
「やっほー、鈴ちゃーん。」
呼びかけられて、振り向くと、今度は滝ちゃんが手を振っていた。その後ろから、ぴりかちゃんが、太賀くんと高杢くんに、挟まれるようにしてやってくる。
「もう見た? オーダー。」
「まだなのです、なかなか、そばへ寄れなくて……」
そう、鈴が言い終わらないうちに、滝ちゃんはもう、ぐんぐん前へ突き進んでいってしまう。
すごいなあ、と鈴は思う。後ろから押されて、ちょっとむっとした表情で振り返った人たちも、それが滝ちゃんだとわかると、納得して道をあけてしまうのだもの。どうしていつも、たったひとり、あんなふうに振る舞えるのだろう。
「俺らも見にいこう。」
と、遊佐くんに言われて、鈴も、その大きな背中に着いていく。さらにその後ろから、ぴりかちゃんたちもやってくる。
ほんの何メートルか進んだだけで、ぽかんとした空間に飛び出して、鈴は、なあんだ、と拍子抜けする。
混み合っているのは周辺だけで、掲示板の真ん前は、却って、ガラガラに空いていた。もう、とっくに自分のクラスを確認し終わった人たちが、ぺちゃくちゃといつまでもお喋りをしているせいで、こんな風にドーナツ化していただけだったのだ。
「ええと。1、2組は理数系で、3組には……誰もいないわね。4組にも、いない……」
滝ちゃんが、大量の名前を、指先で順繰りになぞっていく。なんとなく、みんな揃って、彼女の指先を目で追う。
「あ。5組に、太賀と高杢が、並んで入ってる。」
「おおー。」
「6組には……なし。7組……あ、遊佐は7組よ。」
なんとなく、みんな自分で探さない。なんとなく、みんなして、滝ちゃんが読み上げてくれるのを待っている。
「それと、鈴ちゃんも7組。」
「えっ。」
叫んで、遊佐くんを見上げる。さっき、メガネを見つけて、手を振ってくれた時の顔が、また脳裏に浮かぶ。
裸眼だったせいで、ぼんやりとして……多分、少しばかり、理想にそって修正されている笑顔。
「よっ……よろしくお願いしますぅー。」
ぺこんと頭を下げると、遊佐くんも、
「あっ、ども、こちらこそー。」
と、お辞儀し返してくれる。赤くなっていそうで怖くって、鈴はなかなか、顔が上げられなかった。
「ねー、ねー、じゃ、オイラとタキは? クラス、もう、そんな残ってないよねっ!?」
興奮で、瞳孔と鼻の穴を広げたぴりかちゃんが、必死な表情で、滝ちゃんの制服の裾にしがみつく。
滝ちゃんも、もうなにも言わず、黙って、真剣な表情で、残った8組の名簿を指でなぞっていく。全員、顔を近づけて、一緒に眺める。
2年8組 女子
の、ところに、
15 畠山ぴりか
16 福岡滝
と、並んで、書いてあった……。
「ほらー! よかったじゃないか、ぴりかちゃん! 大丈夫だよ!」
と、高杢くんが言って、ぴりかちゃんの背中を叩く。
にんまりと、どこか勝ち誇ったような笑顔で、滝ちゃんが振り向く。そしてなにも言わず、すーっと高く、右手を挙げる。
そこへぴりかちゃんが、同じ笑顔で、ちからいっぱいのハイタッチを入れた。
それが、なんだかすごく、眩しくて……
ポケットから取り出したハンカチを、そっとメガネの下に差しこみながら、鈴は率直に、
「とても、眩しい日なのですぅ。」
と呟いて、幸せな気分になる。
→ next
http://kijikaeko-mch.hatenablog.com/entry/omake2-5