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コドモのしんぱい
新学期の朝。
別段、約束していたわけでもなかったが、福岡滝は、少し早めに家を出た。
ニセアカシアの林を抜け、桃園会館に向かう。すると、入り口のポーチの上で、ドア・ノッカーのライオンの顔に、自分の鼻先をこすりつけている親友、畠山ぴりかを発見する。
「なにやってんの。」
と、後ろから声をかけると、
「ネコのあいさつ。」
と、振り向きもせずに応える。もう、滝はいちいち、ぴりかの奇行をつっこまない。1年一緒にいただけで、会話って、こんなにシンプルに成立するようになる。
「行くわよ。」
声をかけて、細い踏み分け道を引き返す。ぴりかも、すぐに追ってくる。
「なーんか、ちょと、ふあんだな。」
と、後ろを歩くぴりかが、小さな声で呟いた。
「なにが?」
「新しいクラス。もし、誰もいなかったら、どうしよーって。」
「へー、あんたでも、そういうこと考えるんだー?」
自分だって、全く考えないというわけでもなかったが、滝はわざと平然とした口調で、そう切り返す。
「そりゃ、考えるさ。オイラ、タキいなかったら、どうしていいのかなんて、ぜんぜんわかんないもん。」
「一緒の可能性は低いわよ、8クラスもあるんだもの。理数系を除いても、6クラスでしょ。多分、去年一緒だった人間、4、5人くらいしか、同じクラスにはならないと思うわ。」
そう言うと、後ろのぴりかは、はーっと切ないため息をつく。
幼稚ねえ、と滝は思う。こんな不安、自分なら絶対、素直に面に出しはしない。
たとえそれが、本当に死活問題であったとしても……中等部の手芸部のメンバーだらけのクラスになろうとも、あるいは、遠野くんと同じクラスになろうとも、それで学校を辞めていいことになんか、なりゃしないのだ。
どうせ逃げられない運命なら、孤独になるのを怖れているところなんか、まわりの人間に、見せるわけにはいかない。見せてる場合じゃない。
「まあ、誰かひとりくらい、メンバーがいることを祈るのね。どうせお昼は学食で、みんな一緒に食べるんだし、ヒマなら廊下で話せばいいし、困ることなんか、たいしてありゃしないわよ。」
「でも、修学旅行とかあるじゃん。それに、グループ学習とかさ。オイラ……オイラ、他の女の子たちと、なに話していいのかなんて、ぜんぜん、わかんない……困る……」
まるで、泣いているような気配に驚いて、滝は振り返る。
そしたらぴりかは、本当に立ちどまって、ほっぺたに、つー……と涙を滴らせていた。
「ちょっとぉー……」
感染しないように、怒った声で言って、腰に手を当ててふんぞり返る。
「なーに小学生みたいなことやってんのよ! そんな軟弱な精神で、これからの時代を生き抜いていけますかってえの! しゃきっとしなさい、しゃきっと!」
「あの……おはよう、福岡さん。どうしたの?」
反対側から、ちょうどやってきた高杢海斗と、太賀竜之介の歴研コンビが、おっかなびっくりというふうで、二人の顔を、かわるがわる眺めてくる。
「言っとくけど、あたしはいじめてないからね!」
と言い捨てて、滝はさっさと歩きだす。
その後から、二人がぴりかを宥めすかしつつ、ひっぱりながら追ってくる。
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