5
就任式
新・園芸部長の天野晴一郎が、巨大な笊いっぱいに、野菜を載せて入ってきた。
白菜、ニンジン、水菜、ネギ、春菊、大根……。たった今、園芸部の畑から収穫してきたばかりなのだろう、どれも輝くばかりに瑞々しく、すっかり鍋用に切り刻んである。
「あ、セイちゃん、ご苦労様。」
と言って、滝ちゃんが笊を受け取る。
「僕は遅れたのだろうか?」
遅れてごめん、とかではなく、明確に疑問形でそう尋ねる。
「ううん。ちょうどいい頃合いよ。」
無表情で、突拍子もなさ過ぎて、今イチつかみ所のない男だが、滝ちゃんだけは、扱い方を心得ているらしい。2人とも、ここの付属の幼稚舎に通っていたとかで、気心が知れているようだ。
滝ちゃんが野菜を、丁寧に鍋に入れていく。天野は自分の座る座席を探して、テーブルをぐるっと見回す。
途端に、ウィニー・ザ・ピーが、ぴくっと首を竦めて、嘘をついた子供のように、天野からすすーと目を逸らす。手にはスライスしたニンジンと、拍子木に切った大根が握られている。生食いが好きなのだ。
「マイナークラブハウスの東西変人横綱は、相変わらず犬猿の仲だなあ。」
しみじみと、高橋さんが言う。
「もっと変人同士、語り合ったらどうだ? 歴史の変換点における変人の役割、だとか、古今東西の大量殺人犯における変人の割合、とかさ。ははははは」
そう言ってはみたものの、当の変人両横綱が全く我関せずで黙りこくっている上に、他のメンツも誰一人切りこめなくって、しーんしてしまった。
鍋が煮える、ぐつぐつぐつぐつ……という音と、ピーがニンジンを齧る、ぽりぽりぽりぽり……という音だけが、むなしく響く。
堪え難くなった高橋さんが、えへん……と咳払いをしたところで、滝ちゃんが、
「はーい、おおむね、煮えてまーす……乾杯とかします?」
と、助け舟を出す。
「お。よし。では……恒例の、あれでいいな? あれで。」
と、高橋さんが、2年生以上のメンバーの顔を眺め渡して尋ねる。
1年生がきょとんとしている中、高橋サンはポケットから、更紗にくるんだ丹塗りの馬上杯を取り出し、日本酒をなみなみと注いだ。
「では……ウクレレ部、新部長、大村鈴!」
と言って、鈴ちゃんの鼻先に、馬上杯を持っていく。
びっくりしている鈴ちゃんに、美優ちゃんが付け足す。
「舐めるだけでいいわ。無理しないで。」
それで鈴ちゃんは、にっこりと杯を受け取り、立ち上がると、ほんのひとすすりしてから、一礼して、高橋さんに返した。
「次。園芸部、新部長、天野晴一郎。」
説明してやった方が……と、聡が思った時にはもう、天野は立ち上がって、杯を受けていた。ひょい、と中身を、一気に口の中に放り込むようにして、無表情のまま、杯を返す。
「演劇部、新部長、畠山ぴりか。」
「はい?」
「立つの! いいから、ほら!」
滝ちゃんに小声で指示されて、ピーが生の水菜を頬張ったまま、ぽかんと立ち上がる。高橋さんから杯を手渡されて、
「飲むの?」
と尋ねる。
「いや、形だから無理は……って、おい!」
言った時には、ピーはもうかぽっと中身を開けていた。
「くわー!」
と叫んで、喉をかきむしる。
「思想研究会、新会長……山田優哉。」
ふちまですれすれに注ぎ直した馬上杯を、高橋さんが、ヤマダに渡す。
途端に、ヤマダはなにか、感極まったようで……涙を堪えて、杯を受け取り、神妙に飲み干す。そして、目を服の袖で拭いながら、高橋さんに返す。受け取る高橋さんも、うんうんと、妙に感動的な顔して頷いちゃってる。
この2人って、そんなに仲良かったっけ? という当惑の目配せが、全員の間を走る。が、全員、心当たりがない。単にシソ研の、歴史の1ページに感動しているだけなんだろう、ということで、全員……かどうかはわからないが、少なくとも聡は……納得する。
「文芸部、新部長、岩村聡。」
「……いいのかな? 俺、もういなくなるよ。」
淋しく、自嘲的に笑いながらそう言うと、聡はうっかり、本当に泣きそうになる。今のヤマダの泣きが、思った以上に伝染している。
誰もなにも言わず、でも、いいに決まってる、もちろん……と目で言いながら、岩村が杯を受け取るのを、じっと見つめる。
聡も、黙って、それを干した。
美優ちゃんが、ぱちぱちと、手を叩いてくれた。それを受けて、みんなが、拍手してくれた。
俺、ここ好きだ。照れて頭を掻きながら、聡は改めてそう思う。
「つぎー、歴研三浦……省略する?」
「やりますよっ。」
「じゃ、はい。」
と言って、聡が干した杯を、そのままでおざなりに渡す。三浦は鼻にきゅっとしわを入れてみせてから、口だけ付けて返す。
「和琴部長、沢渡美優……」
「はい。」
しとやかに目を伏せて立ち上がり、ほっそりした腕を伸ばして、両手で受け取る。丹塗りの馬上杯を、ゆっくりと傾ける美優ちゃんの動きは、まるで能の一場面のようだ。
きれいに飲み干し、最後まで優雅な手つきで、杯を高橋さんに返す。受け取って、高橋さんが続ける。
「以上、7名が、今後1年間、桃園会館の7つのマイナークラブを率いていく……全員、依存はないな?」
「ありませーんっ。」
「では……」
と言って、右手に箸を、左手に器を持つ。
「アン肝、げーっと!! 以後、無礼講。いっただっきまーっす。」
「あー、ひっでぇ!」
「卑劣だ。相変わらず、無敵の卑劣さだ。」
「滝ちゃん、いくつあったんだ、アン肝は!」
「知りません。誰がいちいち、そんなもんの数を数えるもんですか!」
わあわあと混み合う鍋の脇で、
「うーん、生春菊、うまし。」
と言いながら、少々酔ったピーが、もりもりと青草を食む。
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