minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

4

  準備チーム

 

 

「うわあ! こんぶ! こんぶこんなにふくらんでるー!!」

 と、真剣に驚愕した様子で、新・演劇部長、畠山ぴりか(別名ウィニー・ザ・ピー)が叫ぶ。

「あ、やばい、ダシ沸騰してる?」

「んまだー。でも、もーすぐっかなー……」

「じゃあこんぶ、ここに出しちゃって。」

 そう言いながら、岩村聡は、小さなボウルと菜箸をピーに手渡す。

「え? でもまだ、煮えてないよ。」

「こぶだしは、沸騰する前に取り出すんだよ。」

「ふーん……岩村先輩、もの知りだね。」

 こういうのはあまり、もの知りとは言わない気がするが……と思いつつも、この子にあまり、一般的な家庭科の知識を期待するのは酷なのかもしれない、と考え直して、ただありがたく、お言葉を頂戴しておく。

 昨日のうちに、滝ちゃんがすっかりきれいにしてくれた、演劇部の大道具置き場。このマホガニーのテーブルで食事をするのも、もしかしたら、今日が最後かも知れない。

「すすす、すべりますー! 岩村先輩、こんぶの人たち、オイラのお箸じゃ捕まってくれませーん!!」

「あー、はいはい。」

 菜箸を受け取り、いっぱつでダシこんぶをつまみ出すと、ピーはまたしても感心した声で、ほおーっとため息をつく。

 

「あの、掃除すんだから、手伝いますぅ。」

 と言いながら、新・ウクレレ部長となった1年女子、大村鈴が、かわいらしいピンクのエプロン姿でやってきた。

 去り際に、前・部長の松野が、ひとりでひとつの部を背負い続ける必要はない、どこか他の部に身を寄せても、自分は一向に構わない……と言ったにも関わらず、ここに留まり、日々上達するウクレレの音色で、桃園会館のホールを満たし続ける道を選んだ。

 それはきっと、賢い選択だよ、と岩村は思う。俺だって、この建物のことが、ミョーに好きでしょうがないもんなあ。

 でも、もうじきに、いられなくなる。

「岩村先輩、文芸部の掃除は……?」

 と、鈴ちゃんが、少し遠慮がちに尋ねる。

「んー……女の子たちで、ほとんどやってくれちゃった。ていうか、もうすでに部屋がカラッポなんだから、さーっとホウキで掃いたら、それでおしまいでね。」

「校舎の、どこになるんでしたっけ。」

「PCルーム。本とか会報とかは、隣の準備室に置いてね。パソコン使い放題になるから、本気で小説書きたい女の子たちは、みんな喜んでるねえ……」

 実際文芸部のカラーは、岩村の世代あたりを境目にして、急激に変わってしまった。

 昔は見事なまでに女っ気がなく、女子部員は、たとえいたとしても演劇部の土井陽子の様な『女傑』タイプが多かったらしい。

 何年か前には、そういう女傑のひとりが部長になり、部室で飲めや歌えの宴会騒ぎの最中に、酔った男子部員たちが猥談で盛り上がって、互いのペニスの大きさの事で言い争いになった際、

「あーもう、うるさいね! いつまでもグタグタ言い争ってないで、自信があるならここでキッパリ出して見せなよ! アタシが白黒着けてやるよっ!」

 と言って、本当に全員に勃起させて、メジャーで長さを計っていった……

 などという、あっぱれな逸話も残っていたりする。ちなみにその部長さん、今、どこかの出版社で、編集をやっておられるそうだけど……

 いや、別に俺が、そういう雰囲気にノスタルジーを感じてるとか、そういう訳じゃなくってね。これはこれで、多いに問題アリだと思う。フェミの人には聞かせられない。クインビーがどうたら言われたら、反論できない。

 それでも、今は今で……

「岩村先輩、これ、読んで感想聞かせて下さい!」

 と言って、1年女子が聡のところへ持ってくる小説のほとんどが、自分と等身大の女子高生を主人公に据えたエロ小説なのは、桃李学園だけの現象なのか、それとも、全国的な傾向なのか?

 

 器を適当に並べたあたりで、買い出しに行っていた滝ちゃんが帰ってきた。

「ただいまー。あー、いい匂い……。はいこれ、アンコウ、もうぶつ切りにしてもらってあります。こっち、お豆腐と葛きりとキノコ類、その他いろいろです。」

「ご苦労さん。予算大丈夫だった?」

「うん、収まってます。」

「どーもー。ごちになりにきましたー。」

 と言いながら、後から入ってきたゴーヘーとミツアキが、ソフトドリンクやお菓子や紙コップ、その他もろもろの入った袋をテーブルに置く。

 その後から、大掃除を終えた連中が、次々に集まってくる。

「どうして、掃除が終わった直後にいらっしゃるんですか……」

 と、ぶちぶち文句を呟く新・シソ研会長、ヤマダの後ろから、

「客だから、に決まってるだろう。俺はもう引退してるんだから。」

 と言いながら、前・シソ研会長、高橋奈緒志郎が、一升瓶をぶら下げて入ってくる。

 受験勉強で忙しい他の3年生たちと違って、彼はもう、推薦で桃李大学に入学することが決まっている。おかげでヤマダは今後とも、上に舅の名誉相談役がいる婿養子の新社長、のような立場に陥ることが、目に見えていた。

「岩村、このダシ、酒入ってるか?」

 と、鍋から立ち上る湯気の匂いを嗅ぎながら、高橋さんが尋ねる。

「生協の『味の母』が、たーっぷり入ってます。」

 と、横から滝ちゃんが答える。

「なんだそれ?」

「みりんと料理酒が1本に合わさった奴。うちは煮物も鍋も、全部これなんですよ。」

「そうか。では今度は俺が、『味の父』を入れてくれよう。」

 と、言うなり、持ってきた酒を鍋の中に、とくとくとくとく……とたっぷり継ぎ足してしまう。

「あ……あーあーあー」

「ははははは。これくらい酒が利いてないと、うまい鍋にはならないのだ。」

「高橋先輩! 僕を殺す気ですか!?」

 と、ドアを開けるなり、その光景を目にした三浦光輝が叫ぶ。こいつはアルコールが、からっきしダメと来ている。

「うっ……ダメだ。この湯気だけで、もう……」

「わっ。三浦くん、だいじょーぶ?」

 ポケットからハンカチを取り出して、鼻を押さえてよろめく光輝を、美優ちゃんがフォローしてやる。もう2年近くこういうパターンを見ているが、この2人の関係というのも、実際、よくわからん。

 

 

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