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大掃除チーム
「ぎゃああああああ」
という悲鳴が、歴研の部室に響き渡る。
本棚の上のホコリを払っていた高杢海斗は、またか、とうんざりしながら、ホウキとチリトリを持って、会長の三浦光輝がへたりこんでいるところへ行く。
「どこですか。」
「あ、あのタナの奥。下から2段目。」
何冊かの歴史学の雑誌の後ろに、ひからびたチャバネゴキブリの死体があった。ホウキで掃き出し、ゴミ袋に入れる。
途端に、三浦先輩はしゃきっと立ち上がり、呆れたような口調で言う。
「はあー、キミは実に、神経が図太いねえ……」
「それはないでしょう、先輩!」
人に始末させておいて、なんという言い草だ。
「僕だってゴキブリはニガテです! ただ、こんなカラカラになった死体も始末できないほど、臆病じゃないってだけですよ。」
「いやー、その名を口にできると言うだけですごいと思うよ。僕にはできない。」
「その名を、って、先輩……『ゴキブリ』って言えない、って事ですか?」
と、それだけでもう三浦先輩は、顔を歪めて耳を塞いでいる。
「ああ、聞くだにいやだ。」
「じゃあ、もしどーしても人に伝えなければいけない場合には、どうするんですか?」
「『G』と呼ぶ。」
「それじゃ伝わらないでしょう。」
「『あの虫』とか。」
「……三浦先輩。」
「なにかね。」
「ひよわ君ですね。」
むかっ、と三浦先輩が、顔を顰める。もう何ヶ月も一緒に部活やっているので、海斗の方も、これくらいの反撃はできるようになっている。
四角いメガネをかけ直し、三浦先輩がなにか言い返そうとしたところに、
「あー、終わったー。」
と言いながら、和琴部長の沢渡美優先輩と、歴研の1年生、太賀竜之介が、ドアを開けて入ってきた。途端に、三浦先輩の小憎らしいツラが好青年化する。
「やあ、美優ちゃん。」
なにがやあ、美優ちゃんだ、と海斗は頭の中で舌を出す。
「あ、歴研、まだ済んでないのね。じゃ、手伝うわ。」
「いいよ、いいよ、美優ちゃんはもう休んでて。和琴部だけでもたいへんだっただろうし。」
「でもあたし、いちおう副会長だもん。それに、太賀くん借してもらったおかげで、早く片付いたしね。さて、ここら辺の本棚でも拭こうかなー。」
きりきりとエプロンのヒモを締め直し、手早くぞうきんを絞る。そして、テキパキと本を出して、床の上に積み上げていく。三浦先輩はしばし、自分の仕事などそっちのけで、テレテレとそれを眺める。
「あらーっ?」
と沢渡先輩が、本棚の奥を覗きこんで、楽し気な声を上げる。
「うわあ……すごーい、こんな立派な……」
「なになに、美優ちゃん、どうしたの?」
と、三浦先輩がすすすと寄ってこく。
沢渡先輩が、本の後ろに手を伸ばし、巨大なカマドウマの完璧なミイラを、長い触覚でぶら下げて、三浦先輩の目の前に突き出した。
「あたし、初めてよ、こんな大きな個体、足1本の欠損もなく……あらららら、三浦くん?」
ふらふらとよろめいた三浦先輩を、後ろの棚で頭を打つ寸前で、咄嗟に支えてやってから、
(しまった、放置するんだった。)
と、海斗は思った。
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