minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

マイナークラブハウスの棚卸し

 マイナークラブハウスの棚卸し

        (恵文社バンビオ同人誌・恵文子ちゃん2収録)

 

 

「僕はなぜ呼ばれたのでしょう?」

 と、園芸部長の天野晴一郎が、陰気な声で尋ねる。

「便利だから。」

 と、思想研究会の前年度までの会長、高橋奈緒志郎は、作業の手を休めぬまま、ごくシンプルに即答する。

 今日は、バイト先の棚卸しの日である。

 事前に頼んであったパートさんに欠員が出て、店長に「誰か、手伝ってくれる友達いないかなあ?」と尋ねられた奈緒志郎は、迷わず母校の桃李学園高等部に出向き、天野を連行してきた。

 那賀市でいちばん品揃えがシブいと評判の書店、恵文社那賀支店。

 本拠地は京都、ということだが、なぜかこの街に、小さな支店がある。大学生になったら、ここでバイトしよう……と、奈緒志郎は、ずっと前から心に決めていたのだ。

 なにしろ、雰囲気がすばらしい。緩やかなカーブを描く通路。柔らかな自然光が入るガラス張りの天窓。耳に心地よい静かなBGM。

 あちらこちらできびきびと働いている、図書館司書並みに本に詳しい、気さくなスタッフ。そして、天井まで届く高い棚に、整然と並んだ真新しい本、本、本……。

「……つまり、単に身長を見込まれてのスカウトであったわけですね?」

 いちばん上の棚に、ひょいと背伸びをして手を伸ばしながら、天野が呟く。

「その通り。この高さの棚を、女性のスタッフがやっつけようと思ったら、いちいち踏み台を持って移動しなけりゃならん。それは、たいへんに気の毒だと思わんかね?」 

 言いながら奈緒志郎は、少し離れた場所で、平台の上に積まれた本を処理している小柄な女性スタッフの方を、ちらりと眺める。

 恵文子(めぐみ・ふみこ)さんーー

 アダ名は当然のごとく、恵文子(けいぶんこ)ちゃん(汗)。奈緒志郎も、普段はお行儀よく「めくみさん」と呼びかけてはいるが、心の中ではしっかり「恵文子ちゃ~ん!」と呼んでいる。

 いったいなんだってまた、こういう名前の人が、こういう名前の本屋に勤めることになったものやら。うっかり面接のシーンなんか想像すると、吹き出しそうになる。

 柔らかそうな巻き毛を、飾り気のないカチューシャで押さえておでこを出し、小さな丸メガネをかけた、知的にかわいらしい人……いや、かわいらしいと言っても、本店から出向してきている正社員さんなわけだから、少なくとも、大学を出て何年かは経ってるわけで……大学1年生の俺が、かわいいなんぞと形容してはいけないのかもしれないが。

 しかし、言わずにはいられない。

 恵文子ちゃんは、かわいい。

 さらに言えば、タイプだ。

 だから奈緒志郎は、天野を引っ張ってきたのである。190センチの後輩を、顎でひょいと指示してコキ使う高橋先輩の図……それって、ちょっとカコイイだろ?

 それに、天野に話しかけているフリで、いろいろと、自分について喋ることができる。そして、それを恵文子ちゃんの耳に、入れることもできる……

「あ、ネグリの『帝国』増刷したのか、一時期、アマゾンにもなかったけど……。うわ、小熊さんの新刊、また分厚っ。俺まだ『〈日本人〉の境界』積んだままなのにー。」

 びかびかと青い光を点滅させる棚卸し端末機で、次々にバーコードを読み取りながら、奈緒志郎は小さく呟く。できるだけ、わざとらしくならないように。

「お。これ去年、シソ研で購入したやつだ。おまえも読んでなかったっけ、天野?」

「ミンスキーの『心の社会』ですか。秋頃にお借りしましたが。」

「なんかなー。これ読んで俺、人間性ってのはつまり、『複雑さ』なんだなーと思ったね。複雑に組み合わさったなんらかのシステム、じゃなくて、そのシステムの『複雑さそのもの』こそが人間なんだなー、って。」

 くすくす……と忍び笑いが聞こえた気がして、恵文子ちゃんを振り返る。

 俯いていて、顔が見えないけれど、端末機を持った手の甲で口元を押さえて、ふるふると肩を揺らしている。笑ってる。俺の喋ったこと聞いて、恵文子ちゃんが笑ってる!

「楽しいだろ? 天野。」

 ここぞとばかり、軽口を叩く。できれば、もっともっと反応してほしい。

「書店ってのは、いるだけで楽しいよな。」

「……バーコードを読み取るだけでもですか?」

「バーコードを読み取るだけでも、だ。そりゃまあ、のんびり背表紙を眺めていられるんなら、そっちの方が楽しいかもしれんが。」

「それは、楽しいでしょう。中身を読むことができれば、さらによいでしょうね。」

「減らず口を叩くな。昔の棚卸しはもっとたいへんだったんだぞ。二人一組になって、ひとりはずーっと値段を読み上げて、ひとりはずーっとそれを書きつけていくとゆー……まあそれはともかく。なんか、いるだけで賢くなるような気するじゃないか。本が発してる、微妙なオーラみたいなものを、浴びてるだけで元気になる。」

「オーラは、疑似科学の域を……」

「うるさいよ。つまり、こうして一冊ずつ引っ張り出すほんの一瞬だけでも、帯のアオリとか、装丁の印象とか、いろんな情報が脳に飛び込んでくるだろ? ほとんどは記憶に残らないけど、やっぱり無意識に、なんらかの影響は与えてるんだよ。そのうち、ふと蘇るんだ。あ、今の俺に必要なのって、もしかしてあの時見かけた、あの本じゃないかなって。そうして購入して読んでみると、やっぱりその時に探し求めてた答えが、ドンピシャリ書いてあったりする。そういうカンってあるだろ? おまえも本読みならさ……」

「高橋くん。」

 ドキっとして、振り返る。恵文子ちゃんがすぐ後ろに立って、奈緒志郎の目を、いたずらっぽい笑顔を浮かべながら、真っ直ぐに見上げている。

「はい、け……めぐみさん。なんでしょう?」

 天に昇る心地でそう返事した奈緒志郎の顔に、びしっと指先を突きつけ、急激に正社員の顔になって一喝、

「手が止まってるっ! 棚卸しナメんな、バイト!」

「はいぃ。」

 その後は、もうあまり喋らず、天野同様、黙々と労働する奈緒志郎であった……

 

 

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20/20

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よろしう。(・∀・)