minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

7

  乱気流

 

 

 3年生がいなくなった食堂は、妙にひっそりかん、としていた。

 静かになった、というわけではない。1、2年生たちは、相も変わらぬパワーで喋り続けている。広い天井を、わぁーん、と回る声のボリュームはそのままなのに、声の出し手の人数が少なくなったというだけで、こんなにも印象が変わるものなのか、と、毎年のことながら、少しびっくりする。

「うそお、じゃ西本先輩って、捨てられたんだー。」

 定食を食べ終わっても、すぐに職員室に戻る気になれず、柱の陰になった座席で、ぼんやりと座っていた良子の耳に、そんな遠い雑談が飛びこんでくる。

「まあ確かに、靭帯痛めたら、もう終わりだけどねー。」

「それで藤木先輩が推薦通ったのかー。なーんかヘンだと思ったー。」

「もしかして、リスカとかだったりして。入院。」

「えー、しないよあのタイプ。肘の手術でしょ?」

「だってそんなの、卒業式さぼってまでする? もう引退すんのに。」

「するかもよ。すっごい痛いっつってたし。」

「あたしは中絶の方を疑ったね。」

「あ、そっか、それもありかもー!」

「もう死にたいです、とか書いてあったじゃん。部日誌。」

「うそー。見てない。」

「年末ぐらい。3年生、全員スルーしてんの。次のページにはもう『忘年会のお知らせでぇーす』なんか書いてあって。」

「うわ、きつー。」

「まあ同情するヒトいないけどねー。てゆーか、自業自得?」

 あはは……と、弱々しい、皮肉な笑い声が一瞬だけひろがり、すぐに収束する。

 自分を抑えられるうちに、離れなければ。そう思いながらも、良子はがたん! と威嚇的な音を立てて立ち上がり、ずかずかと足音高く、食堂を後にする。

 

 保健室に入ると、机で手作りのお弁当を広げていた栗田先生が、なんだかほっこりと、とても嬉しそうな顔をして良子を見る。

「あ、柳場先生。」

「どうも。畠山さんの具合は……」

「ちょっとこれ。これ、ご覧になって。」

 箸を置き、口元を手で覆いながら、いそいそと冷蔵庫へ向かい、扉を開ける。

 ドアポケットに、清涼飲料水の1.5リットル入りペットボトルが、ずらりと並んでいた。全部『Qoo』のオレンジだ。

「あの子のお見舞い。」

「……大学生協まで行ったのかしら。」

「でしょうね、ホントは違反ですけど……。飲み物はちゃんと用意してありますって言ったんですけど、どうもこれが大好きなんですって。」

 ボトルに印刷された、間の抜けたキャラクターの顔を指差して、くすくす笑う。

「休み時間ごとに、お友達がたくさん来るんですよ。あれえ、そっちも買ってきたの、って、お互いに笑いっこして……本人はずっと眠ってますけどね……」

「そうですか。」

「幸せな生徒さんですね。」

「ええ……」

 そっとカーテンを開けて覗きこむ。本当に、よく眠っている。顔色も、朝よりはだいぶいいようだ。

 そう、この子はきっと、大丈夫。家庭の中がどうなっているのかはわからないが、こんなに温かい友情に恵まれた子が、本当にひどいことになるはずはない。

 

 職員室へ戻るなり、また別の渦が襲いかかってくる。

「柳場先生。先ほど、卒業生の西本さんという子のお母様から、先生にお電話がありまして……」

「え。」

 あまり驚いた様子を見せてはいけない。顔を取りつくろい、できるだけ、平静な調子で聞き返す。

「いつ頃ですか?」

「先生が昼食に出られた、すぐ後ぐらいです。お急ぎではないとのことでしたが、一応、お戻りになられたらお伝えくださいとのことで、携帯の番号をお預かりしております。」

「急がない……。そうですか。」

 時計を見る。今はもう、午後の授業が始まる時刻だ。

 卒業式の後のこんな時期には、もう教科はすべてこなしてある。センター試験の問題などを与えて、全部自習にしている教師もいるくらいだ。だが、良子の主義ではない。

 少し、迷ったが、いつも通り、教室へ向かう。

 

 そして、激しく後悔する。

 終業後、受け取ったメモを見ながら、なぜか震える指先で、番号を押した。すると、良子が名乗るなり、受話器の向こうから、西本結花の母親の、変にうわついた声が聞こえてくる。

『あっ、や……柳場先生?』

 自分から連絡するように頼んだくせに、まるでハトが豆鉄砲を食らったような、ぽかんとした反応だ。

「西本さん、どうかなさいましたか。」

『あっ。あのう……。結花が……』

「はい。」

『……もしかして……そっちに、行っとらんですか。』

「……はい?」

 背筋をざわざわと、気持ちの悪い虫が這いずり上がってくるような、嫌な感じ。

『私……迎えに、来ましたら……その……』

「いないんですか!?」

 思わず怒鳴る。西本結花の母親は、それでもまだ、緊迫感のない声のまま、呆然と応える。

『病院に……いなくて……』

 どこが急ぎじゃないのよ! 思いっきり非常事態じゃないの!

「警察に連絡は!?」

『いえ、あの……そこまでする……』

「して下さい、今すぐ。私は学校内を探してみます。場合によっては、何人かの先生方に事情を話すことになるかも知れませんが、ご了承願います!」

 返事なんか聞くものか。力一杯受話器を叩きつけ、今日の私は電話と相性が悪いんだ、と思いながら職員室を飛び出す。途端に、ドアのところで、畠山かおりと、ぶつかりそうになる。

「あっ……あの、ぴりかを迎えに参っ」

「保健室にいます! インフルエンザかも知れません、熱が高いんです!」

「はあ?」

 もうなにから手をつけていいのかわからない。混乱した頭で、良子はかおりの肘をつかむ。

「ともかく、一緒に来て下さい!」

「あ、ちょっと……」

 抗議の声を上げるのを無視して、ぐんぐん引っ張っていく。

 

 

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