minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

7

  高校生の正しい夜遊びについて。

 

 

「ぴりか。ぴりか、起きて。みんなもう帰るわよ。」

 8時近く、福岡さんがぴりかちゃんを揺り起こす。

 ぴりかちゃんは、目を覚ますのが、とても辛そうだ。一緒に帰っても、どうせ別れ道からこっそりUターンして戻ってこなきゃならないのなら、このまま9時まで、寝かせておいてあげればいいのにな、と竜之介は思う。

 が。思想研究会の新会長・山田優哉先輩が、

「あーハラ減った……誰か『れんげ堂』でラーメン食ってくやついない?」

 と言った途端、むっくり起きあがって、

「ラーメン?」

 と、ネボケた声を出す。

「今、誰かラーメンてゆった?」

「ゆったゆった。ぴーちゃん、一緒に行く?」

 ちょっと呆れ笑いをしながらヤマダ先輩が言うと、ぴりかちゃんはリュックサックを引き寄せて財布を取り出し、鼻先を突っこむ。

「うーむ……」

 苦しい表情を浮かべて、唸りだす。

「う・うううーむ……」

「いいよ、いいよ。奢ってあげるよ。」

 苦笑いしながら、ヤマダ先輩が言う。このところ、なぜかぴりかちゃんの財布は苦しいらしく、こういうつき合いの時には、その時持っている人が負担する習慣になっている。

 もともとが、経済的に恵まれた家の子供ばかりの桃李学園だ。竜之介の家庭のように、見栄を張って無理しているところもあるが、ヤマダ先輩のように、常に財布に1万円札がびっしり入っているような生徒も、ごろごろいる。

「ありがとー! ヤマダ先輩。ぴりか拝んじゃうー!」

「はいはい、どうもどうも……他は?」

「あたしも行こうかなあ。今日寒いし、なんかラーメン恋しいー。」

「あれだろ、『れんげ堂』って、バス停のとこにできたやつだろ? 僕も行こっかな。」

「いいなー、ラーメン。ねえ天野、今日のメニューってなんだっけ?」

「寮の夕食のことだろうか? さあ、覚えていないが。」

 わいわいと話が盛り上がって、なんだか大勢で流れていきそうな感じになったところへ、どかどかっと威勢良く駆けこんでくる足音がして、ドアが乱暴に開かれる。

「はよーございあーっす! ぴりか先輩、まだいるっすかー!?」

 中等部3年生のロック小僧、八雲業平のお出ましである。まだ学校の中だというのに、突っ立った髪にラメが入って、目に痛いほどびかびかしている。

「はよーじゃないよゴーヘー。我々はもう、帰るところだ。」

「そりゃ、ちょーどよかった。みなさん、ライブ来ないすか?」

「ライブ?」

 胡散臭そうに眉をしかめて、三浦先輩が聞き返す。ゴーヘーはコートのポケットから、チケットの束を取り出して、ひらひらさせながら言う。

「医科大バンドのヘルプで、ミツアキと出るんすよ。前売りがちっとよくないから、俺らがひとハダ脱いで集客してやったら、追加の券タダでくれて。友達連れてきてくれたら、ワンドリンクくらい出すよって、企画のヒトが。」

「行くーっ!!」

 完全に目が覚めたらしいぴりかちゃんが、元気に叫ぶ。

 

 結局、寮生の高杢と天野を除く全員で、ぞろぞろと移動することになった。

「……うん。夕飯いらない。……わかってる、あまり遅くならないようにするよ。」

 ラーメン屋の外から、家に電話を入れると、母さんは不機嫌を押し隠すような声で、しぶしぶ外食の許可を出してくれた。

『野梨子が、まだ帰ってこないの。また、連絡もなにも寄越さないの、あの子。』

 テレビのニュース番組の音声をバックに、押し寄せるような早口で愚痴り始める。

『ゆうべあんなことになって、今日こそちゃんと早く帰るって、今朝、あんなに約束させたのに。部屋だって散らかし放題だし、お母さん、今日、掃除したらね、学校のプリント、渡してないやつが山ほど出てくるの。宿題みたいなのとか。』

「そーいうことしない方がいいって。野梨子の部屋なんだから。」

『あんな汚い部屋、うちのなかにあると思うだけで、』

「あー、ごめん、友達待ってるからもう切るね。じゃ。」

 ぽちっ、とoffボタンを押してから、思わず、

「……病んでるよなあ……」

 と呟いて、ため息をつく。

 

 生まれて初めて足を踏み入れる『ライブハウス』なる場所は、なんというか、あまり心臓に良くなさそうだった。

 いかにも勉強してなさそうな大学生たち。いかにも真っ当な職にはついてなさそうなおっさんたち。冗談みたいな化粧した女の子たち。そこら中、逆立った頭でいっぱい、しかも赤かったり緑だったり。

 魑魅魍魎だ。

「あー来た来た。おーい、マイナークラブハウスご一行様~。」

 出入り口に固まっていた、ケバい女の子たちの群れの真ん中から、ゴーヘーと、相棒のギタリスト、成田光明が、かき分けるようにして抜け出してきた。

「なんだあ、二人とも、そんなんで寒くないの!?」

 と、ヤマダ先輩が素っ頓狂な声で尋ねる。ゴーヘーはズタズタのジーンズの上に、赤い革のベストを羽織っただけ。ミツアキに至っては、上半身裸だ。

「寒くねーっすよぜんぜん。ライブの時ってこんなもんすよ。」

「ボーシかっちょいーじゃんミツアキ! なんかちょっと、パトリック・スタンプみたいだじょー。」

 ぴりかちゃんが背伸びをして、剃り上げた頭に被ったミツアキのキャスケット帽のつばを、ちょいと摘みながら言う。

「え。俺はどっちかっていうと、ピートって言って欲しかったような……」

「なにゆってんのっ! FOBのカナメはパトリックだよっ! あんなスゴイ人、他にいないよ、そんけーしてるんだよぴりか、思いくそホメてあげてるのに、なにその言い草、ピート!? はぁん!? 」

「わーった。わーりやした。すんません。ありあとやんす。」

 苦笑いをしながら、ミツアキがぴりかちゃんの両肩に手を置いて、ぺこぺこと頭を下げる。その親し気な様子に、二人にまとわりついていた何人かの女の子たちが、非難がましい視線を送ってよこす。

「なにー、あの人たち、地味~」

「ゴーヘーくんの学校関係じゃない? だってほら、確か……」

「あ、ホントだ、よく見たら桃李の制服だしー!」

「えー、まじまじー。」

「狙えばー? あんたんち貧乏って言ってたじゃーん。」

「あんましイケてるのいないからいい~。」

 ギャハハハッと破裂するような笑いかた。イケてなくて悪かったなー、と男子一同、少々憮然とする。

「るせーよ、おめーら。ちょっと向こう行ってろよ。」

 凄むようにミツアキが言って、足で蹴るマネをすると、魑魅魍魎はぶーぶー言いながら、ほんの少し離れたところに固まっていた女の子たちの群れの中へ戻っていく。

 それをなんとなく、目で追いかけて……竜之介は、群れのはじっこの方に、思いもかけなかったものを発見して、ぽかんと口を開けてしまう。

 (……野梨子!?)

 朝、学校へ行って、家へは戻っていないはずなのに、なんだあの服装は。

 ピンクの花模様のついた、下品な緑色のレギンスの上に、薄いシャツを何枚も重ねて。ひらひらしたストールを巻いて。

 おまけに、あの化粧……。目のまわりを、パンダみたいに黒く塗りつぶして、唇まで黒くして。そういうのが、こういう女の子たちの流儀なのかどうか、竜之介には知る由もなかったけれど、ひとつだけはっきりと言えることがある。似合っていない。絶望的に、似合っていない。

 本人は認めたがらないが、野梨子は母さん似だ。どんなに努力して体重を落としても、ふっくらしたほっぺたは変わらない。まんまるな鼻の穴の形も、優しい草食動物みたいな一重の目も、全部母さん譲りなのだ。

 それをあんなふうに、塗りつぶしたら……なんだか、荒んじゃって、ますます母さんそっくりになっちゃってるじゃないか! 気がつかないのか!?

「多分、みなさんはフロア向きじゃねーと思って、2階のテーブル、ひとつ取っといたっす。」

 と、ゴーヘーが言って、一同を手招きする。

「こっから上がって、あの隅っこのほう、ジョンとヨーコのポスターの横……あとこれ、チケット、カウンターに持ってったら、飲みもん出してくれますから。」

 受け取ったぴりかちゃんが、ぐっと親指を突き出して、二人にエールを送る。

「ありがと。しっかりやれ、二人とも。Happy Valentine! (地獄で会おうぜ!)」

「Happy Valentine! (地獄で会おうぜ!)」

「なんすかその、カッコ、カッコ閉じるってのは! わけわかんねー!」

 げらげら笑って、手を振りながら、二人が楽屋方向に去っていく。その後を、野梨子を含む女の子たちの群れが、きゃあきゃあ言いながら追いかける。

 竜之介は、苦いような気持ちで、それを見送る。

 

 

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