minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

8

  真夜中の女の子

 

 

 ふと、目が覚める。

 冷えこんだ部屋の中で、慣れない綿布団に包まって、滝は、暗闇に目を凝らす。

 日本家屋の低い天井に、青白い灯りが、ちらちらと揺れている。寝返りを打つと、隣の布団で美優先輩が、携帯を開いてメールを打っていた。

 そういえば、夢の中で、美優先輩が着信音にしている「夜の女王」のコロラトゥーラの部分を聞いたような気がする。

 今、何時頃だろう。襖一枚隔てた仏間から、男の子たちの寝息や、いびきや、歯ぎしりなんかが聞こえてくる。

 でも、晴一郎は、そこにはいない。

「ひとりで眠りたいのです……申し訳ありませんが。」

 と言って、帰り着くなり自室に籠ってしまった。いくらここがおまえの家だからって、合宿でそーいう行動はないだろう! と、ヤマダサンが怒ったが、見るからに精神的に参っている様子だったので、結局は放免された。

 帰り道には、並んで歩くことさえできなかった。滝が追いつこうとする度に、まるで、その気配から逃がれようとするかのように、さらに足を速めていってしまったのだ。そのせいで、後ろとの距離がどんどん開いて、道に迷いそうになったみんなが、慌てて走って追いかけてきたりもした。

「あいつ、勝手過ぎ! 集団行動取れなさすぎ!」

「協調性のカケラもないっすよねー。」

「ぴりかちゃんのほうがまだ、人の心を汲み取る力がありますよ!」

 などと、寝しなに男子一同、布団の中でぶつくさ言い合っているのが襖越しに聞こえてきたが、マイナークラブハウスの人間がそんなことで文句言っても、体脂肪率40%台の人々が51%の人をメタボ呼ばわりするのと同じだろう、と滝は思った。

 今頃、あの人は、ちゃんと眠れているのだろうか。

 なにを思いながら、眠りについたのだろうか。

「滝ちゃん? ごめん、起こしちゃった?」

 そーっと携帯を閉じて、ひそひそ声で、美優先輩が尋ねてくる。

「いや、どうなんでしょう。勝手に目が覚めたんですよ。」

「そう? だといいんだけど。」

「彼氏ですか?」

 尋ねると、くしゅっと鼻先にしわを寄せるような笑いかたをする。

 そして、布団ごともぞもぞと移動して、滝の枕元までやってくる。滝も、くるくると寝返りを打って、美優先輩の方に近づいた。

「なに考えてたの?」

「さあ……よく、わかんないです。」

「難しい相手よね、天野くんて。」

「……あらら。」

 苦笑して、滝は言う。まあ、自分はこういうことを、上手に隠し果せるタイプじゃないなーとは思っていた。

「みぃーんな感づいてたりしますかね?」

「そうでもないんじゃない? まず、三浦くんは気づいてない、確実に。」

「あの人に読まれたら最後ですよ。」

「まあそうかも。」

 くくくっ、と笑ってから、二人同時に、慌てて口を押さえる。反対隣の鈴ちゃんはぐっすりと眠っているが、この襖の向こうで、男の子たちの誰かが目を覚まして、聞き耳を立てていないとも限らない。

 一緒に眠ると、どうして秘密は、秘密でいることをやめたがるのだろう。

「ねえ滝ちゃん。ぴりかちゃんの家庭環境のことって、なにか知ってる?」

「……ぴりかの家庭?」

 なんで話がそんなところへ飛ぶのかわからなかったが、とりあえず話し出す。

「よく知らないですね。っていうか、できるだけ聞かないようにしてるし。」

「どうして?」

「どうしてって、別に関係ないじゃないですか。友達になるのに、お互いの家庭がどうだ、育ちがどうだ、なんてことは。」

 そう言うと、美優先輩は、いかにもその通りね、みたいな顔で、うんうんと頷く。

「びりか自身も、触れて欲しくなさそうな感じだし……。ま、あんまりあったかい家庭とかじゃないんだろうなーとは思いますよ。でもそんなこと、言い出したらキリないし。今日日、誰にだって、複雑な事情のひとつやふたつあると思うし。聞いたからって、なにがどうなるものでもないです。」

「……侠気あるね、滝ちゃんて。」

「はあ? なんですかそれは。」

 褒められてるんだか貶されてるんだか。

 複雑な表情で問う滝を見返しながら、美優先輩が言う。

「はーああ、滝ちゃん、男の子だったら良かったのになー。そしたらあたし、絶対狙ったと思うのにー。」

「げ。ちょっと、美優先輩。」

 すすすーと遠ざかる滝の頭をがっと押さえこんで、

「やーん。冗談冗談。」

 と笑う。また声が大きくなっていることに気がついて、しばらく二人で息を殺して、目だけで笑い合いながら、仏間の気配に耳を澄ませる。

 なんだかごそごそと音がする。誰か、起きているのかもしれない。あるいは、眠りが浅くなっているのかもしれない。

 その気配がやんだら、またお喋りを始めるつもりで、じっと待っているうちに……なんとなく、どちらともなく、再び眠りの中に引きずり込まれてしまった。

 

 

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