minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

7

  第2の記憶

 

 

「どうじゃった? 口に合うたかの?」

 ラストオーダーが過ぎた頃、白ワインのカラフを持って、ヒーローがやってきた。

「改めて、こんばんわ。本宮瑛一です。」

 コック帽をとって、軽く頭を下げる。さっきお店のお客さんに見せていたのと同じ、きびきびして、丁寧な物腰だ。

「27歳独身て言うておかんといけんぞ! 瑛兄がいちばんシャイなんじゃけえ、ちゃんとアピールせんと。」

 ひょい、と後ろから顔を突き出して、本宮の三男が喚き立てる。

「ほうじゃ、ほうじゃ。仕事の合間にまで仕事の勉強をして、頭が固くなっとるけえ、たまには女の子とお喋りして、ほぐしておけ。」

 と、次男も入ってくる。おつまみの追加に、チーズの大皿を持ってきてくれたのはうれしいが、どうもこの人たちも座に加わるつもりらしい。

「……長男だけが、真っ当に育ったのねえ。」

 と、滝の隣の席の美優先輩が、耳元にコソっと囁いてくる。

「ええ。いるんですね、こういう兄弟……」

 よくよく見れば、3人とも、顔立ちは似ている。少し真ん中に寄った大きな目、隆起した頬骨、部品としては女の子向きの、ふっくらとした唇など。

「……でも、顔ってやっぱ、知性とか教養でますね。」

「ホントホント。気をつけなくちゃね……」

「そこの女子2名! なにを話しとるんじゃ?」

 と、三男が割りこんでくる。

「さてはこの3兄弟の中で、瑛兄だけが上品じゃ、などと喋っとったんじゃろう。」

 よくお分かりで、と思ったが、言うと面倒になりそうだったので、聞こえなかったふりでホホホと愛想笑いする。

「寮暮らしはどうじゃ。街んなかでは、いろいろ不自由もあるじゃろう。」

 晴一郎のグラスにワインを注ぎながら、瑛一さんが小さな声で話しかける。弟たちのように、客に顔を売ろうという気は全くなく、単に晴一郎と旧交を温めにきただけのようだ。

「食えとるか? おまえの口に合うようなもんは、なかなか手に入らんじゃろ。」

「寮の食事も、思ったほど酷くはなかった。」

 新しいチーズに手を伸ばしながら、晴一郎もぼそぼそと応じる。

「それに、必要な野菜は、ちゃんと生産している。園芸部に入ったことは、カフェの掲示板で伝えたと思うが。」

「おお。そんなもんで、ちゃんとした地面があたるんか?」

「1.5アールほどある。地味もよい。先代の部長がハーブを植えていたのだが、一見して良い場所だとわかった。今はそこが、全面的に僕のものだ。」

「ほう、1.5アールあれば、かなり取れるのう。おまえひとり食うには充分じゃ。」

「うん……しかし、二人分を作らされているようなものだ、図らずも……」

 急に暗ーいオーラを背負って、呪詛の籠ったような声で吐き捨てる。

「なんじゃ? それは。どういう意味じゃ?」

「畑荒らしがいるのだ。それが、なんでもかんでも盗っていってしまう。」

「学校の生徒か?」

「そうだ。」

「懲らしめたらええじゃろ。もうおまえ、たいがいのヤツには負けんじゃろうが。」

「そういうわけにもいかないのだ。」

「なんでじゃ。」

「……そこの友人にとめられている。」

 テーブルの向こう端で騒いでいる高杢のほうに、ちらりと目を向けてから、忌々し気に続ける。

「女子に体罰を加えること、まかりならんと彼は言う。」

「なんじゃ? 女の子なんか!?」

「そうらしい。僕にとっては獣に等しいが。」

「そりゃあまた愉快な……いや、面倒な問題じゃのーう。」

 細かい笑いを奥歯でかみ殺しながら、瑛一さんはもう一杯、ワインを注ぐ。

 希望者に、デザートのアイスクリームのおかわりを配ってくれていた本宮家のお母さんも、いつの間にか二人の背後で立ち止まって、この会話に聞き耳を立てている。

「野菜を見る目だけはある、というのが、その獣のいやらしいところだ。」

 と、敵意をむき出しにして、晴一郎は悪し様に罵る。

「いちばん良くできたものを、僕が収穫しようと思ったその日に、直前でかすめ取っていく。なぜそんなことをするのかと聞いても、なにも答えない。口いっぱいに頬張って、ふくらんだ顔をぶんぶん横に振って盗ったことを否定したり、口のまわりをトマトの汁で汚したまましらばっくれたり、まったく話にも……」

「あっはははははは」

 突然、大きな声で笑いはじめた本宮家のお母さんに、それまでばらばらに喋っていた全員が注目する。

「それは……晴ちゃん、まるで、あんたの小さい頃とおんなじじゃねえ! あっはははははは……」

「……はい?」

 珍しく、誰が見てもわかるほどに顔色を変えて、晴一郎が問い返す。

「なんじゃ、晴一郎。おまえ覚えとらんのか。」

 と、こちらも笑いを堪えきれずに、瑛一さんが言う。

「越してきたばっかりのころは、おまえ、四六時中うちの畑に入りこんでは、キュウリやらトマトやら、勝手に食べよったじゃないか! うまそうなところばっかし狙う所もおんなじじゃし、盗ったろう、ちゅうても口も利かんとしらばっくれとったところも、まるっきりおんなじじゃ! おまえ、今、お天道さんにバチを当てられとるんと違うか? ははははは……」

「あの頃のあんたみたいな、小さいこどもが盗っていく分くらい、ぜんぜんたいしたことなかったけど、」

 と、本宮家のお母さんが、目に涙をためて続ける。

「そんでも、やっぱり泥棒には違いないけえ、わかっといたほうがええ、と思うて、おばちゃんが、あんたのおじいちゃんに言うたんよ。そしたらおじいちゃん、夏の暑い日に、1日、キュウリの畝に待ち伏せしてねえ。盗りにきた晴ちゃんをひっ捕まえて、着とった浴衣の裾をぱっ、とまくり上げて、畑のもん盗るんは獣のすることじゃ、おまえは獣になるんか、人の子になるんか、言うて、まあ見とるこっちが『そのくらいでええ、そのくらいで』って叫ぶくらい、ぱちーん、ぱちーんとお尻をひっぱたいて……」

「ああーっ!!」

 と、マイナークラブハウス一同、一斉に席を立ち、ああー、の2つ目の『あ』にアクセントを置いて、ユニゾンで叫ぶ。

 それにビックリした本宮家のひとびとが、あっけにとられた顔で黙りこむ。

 そんな風にして訪れた、奇妙な静寂の中で……晴一郎はただひとり、暗い穴の中に投げこまれたように、目をかっと開いて、口をぱくぱくさせていた。

 それから、ゆっくりと肩を落とし、どこか幼い口調で、ぽつりと呟く。

「思い出した……」

 

 

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