minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

4

  訳ありの心配

 

 

 初等部2年生で転校した後の数年間、晴一郎は、おじいさんとおばあさんと一緒に、このお屋敷で生活していた。

 彼が中学へ上がる頃、おじいさんが亡くなった。おばあさんの足腰も弱くなって、田舎暮らしが難しくなってきたため、もう少し便利な場所に、現代的なバリアフリーの家を建てて、引っ越ししているとのこと。

「空いた屋敷が、そのまま僕の居場所となりました。春休みには、そこへ帰ります。庭の手入れなどもしたいですし……。」

 と、言ったのを耳聡く聞きつけたマイナークラブハウスの面々が、目をキラーンと光らせて、

「そこで合宿をしよう!」

 と言い出したのがことの始まり。しかし、ここまで不気味に廃屋であるとは、誰ひとり、想像だにしなかった……。

 

 二十畳敷の仏間に通されて、厚さ20センチはありそうな一枚板の座卓を囲んで座り、とりあえず、一息つく。

 仏壇は取り外されている。その空間に、普段から「大仏」などと言われている平安顔の遊佐が、三浦サンとヤマダサンにムリヤリ押しこまれて座禅を組まされ、自分のカメラで写真を取られる。

 破れた襖。床の間に掛けっぱなしの涅槃図。ぼろぼろの金屏風。あちこち欠けて、埃で黒ずんだ龍の欄間……。つまり、そんなことでもして冗談にしてしまわないと、めげてしまいそうなくらい、陰気な部屋だったのだ。

「この写真、現像したら、なにか別のものが写ってるかも知れないね~?」

 と、カメラを返しながらヤマダサンが言う。遊佐の笑顔は、引きつっていた。

「この部屋と、隣の八畳間だけは、掃除しておきました。」

 配った茶碗に、やかんに入ったほうじ茶を注いで回りながら、晴一郎が説明する。

「トイレと洗面所は、この廊下の突き当たりです。縁側の床は腐りかけていますから、あまり一度に大勢では出ないようにして下さい。屋内はご自由に探検して下さって構いませんが、裏手の部屋では、野生動物との遭遇に注意して……」

 ぴたりと口を噤み、動きをとめる。

 そしてそのまま、じーっと固まっている。

「……どうした、天野?」

 と、不思議そうに高杢が尋ねる。

「茶碗の数がひとつ多い……」

「えっ!? なに?」

 と、三浦サンがビクついた声で聞き返す。こんな荒れ果てた仏間で、低くて暗くて平坦な晴一郎の口調で「茶碗の数が~」などと言われると、思いっきり怪談めいて聞こえてしまう。

 不安な面持ちのメンバーを、ひとりずつ、ゆーっくりと見渡してから、晴一郎がさらに低く呟く。

「……あれは、どこだ……」

「な、なに? なんのこと?」

「いつも、滝ちゃんについている、あれは……」

 いやあっ、と美優先輩と鈴ちゃんが、小さな悲鳴を上げる。

「おっ……おまえ、不気味なこと言うなよ! 滝ちゃんに失礼だぞ!」

「待って! それ、もしかして……ぴりかのこと?」

「それだ。」

「なんだあ~」

 どっと脱力してから、全員でわいわい責め立てる。

「まぎらわしいなあ、もう! あれとかそれとか言うからわかんないんだよ!」

「遅いよ、気づくのが! 到着してから何分経ったと思ってるんだ!」

「あんな賑やかしいのが欠けてたら、普通、すぐにわかるだろう! ニブチン!!」

「いえ……なにか、違和感はあったのですが……」

 少し、たじたじとなりながら、晴一郎が弁解する。

「なかなか、意識の上層にまで、のぼってこなくて……。」

「ぴりかは病欠よ。朝、おなかが痛くなったんだって。」

 と、滝が説明すると、

「あれが?」

 疑わしそうに顔をしかめて、晴一郎が問う。

「……腹痛?」

「そう言ってたけど。」

「なにか……拾い食いでもしたのだろうか?」

「さあ。」

「いつのことだろう?」

「だから、今朝。」

「腹痛だけか? 頭がおかしくなったりはしていないのか?」

「常におかしいでしょうよ、あの子の頭は。」

「それ以上になっているというようなことは」

「知らないわよ! あたしは電話で、おなか痛いって聞いただけなんだから!」

 なんでこんなことでこんなにモメなきゃいけないの? という怒りを露にして、滝はまた、怒鳴りつける。

 が、晴一郎は、まだ腑に落ちない表情のままで、しきりに首をひねっている。

「なんだよ天野。ぴりかちゃんが来ないのが、そんなに残念なのか?」

 高杢が、言ってる自分も信じてないけど、という顔で尋ねる。

 瞬間、滝は胃の腑に、なにか、ちくりとした痛みを感じる。

「いや……決して、そう言う訳では。」

「僕は残念だけどさー。せっかく、ぴりかちゃんがやりたがってた『人生ゲーム関西版』、実家の押し入れから探し出して、持ってきてあげたのに……」

「うっそ。関西版なんてあるの? 見して見して!」

 と言って、みんな一斉に高杢を取り囲む。

「子供の頃、お土産でもらったんですよ。職業のところに、『たこ焼き屋さん』っていうのがあるんだよ、って言ったら、ぴりかちゃん、絶対にそれをやりたいって……」

「うわー、パッケージ、濃ゆーい。」

「やろう、今、やろう。」

 はるばるこんなところへ合宿に来てまで、なぜそんなことを……という滝の問題提起は、当然のように黙殺された。あっという間にゲームボードが広げられ、買ってきたお菓子が手際良く配布され、銀行と順番が決定する。

 はっきり言って、桃園会館にいる時と、過ごしかたとして、なんら変わりがないような……。

「ほら、次、天野の番だよ! なに、いつまでもやかん持ってんだよ?」

 言いながら三浦サンが、難しい顔で立ち尽くしていた晴一郎の腕をひっぱって、空いていた座布団に座らせる。

 ルールの説明を受けながら、とりあえず言われるままにルーレットを回し、コマを進め、職業を決め、給料を受け取り……しかし晴一郎はまだしつこく、

「やはり……いや、まさか……」

 と、なにか複雑な表情で、ぶつぶつ呟き続ける。

 

 

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