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苛立つ人と苛立たせる人
バンの中で、本宮・兄はずーっとひとりだけハイで、女の子ばかり狙って、マシンガンのように喋り続けていた。
「彼氏はおるんか? おるんじゃろう? え、おらんのか? そうかぁおらんのかぁー。」
「好きな男はどんなタイプじゃ? ブラピか? ブラピじゃろう!? 俺、ちょっと似とると思わんか?」
「農村に嫁ぐのはどんなイメージじゃ? キツそうと思うか? 最近はだいぶ事情が変ってきとるぞ。」
「街ん中で暮らすとハダが荒れるじゃろ? ここらはええぞうー、天然の化粧水が湧いとるけえのう。」
ああー痛い痛い痛い痛い。
しみじみと、ぴりかの不在が悔やまれた……。こんな男、あの子にかかれば、ものの二言三言で絶句しただろうに!
「あの、前向いて、黙って運転してくれません? ちょっと危ないんですけど。」
「大丈夫大丈夫。対向車なんか、ほとんど来やせんよ。ユースケがすぐ先を行っとるけえ、危ないもんがおったらすぐにわかる。」
「あなたの運転自体が危ないと言ってるんです。」
「大丈夫じゃって。それより、夜、みんなで温泉に行かんか?」
「そういうことは、着いてから決めますので。」
「天野の本家の内風呂も広いが、水はただの湧き水じゃけえ、美容には、それほど効き目はないぞ。うちの牧場の奥にある菊野旅館が、日帰り入浴やっとる。重曹泉じゃけえ、入ればたちまち、玉の肌じゃ。」
玉の肌、ともう一度、口の中だけで呟いて、
「ぷぷぷぅ」
と笑う。滝はちょっと、目眩がしてきた。
窓を開け、外の景色を見る。途端に、前の方からばりばりばりっとバイクが引き返してくる。
「どうした? 酔うたんか? 吐くのはガマンせえよ、もう後少しじゃけえ!」
と、本宮・弟が能天気な笑顔で叫び、ぱらりらぱらりらと去っていく……。
つづら折りの山道を登り、牧草地に挟まれたでこぼこ道を舌噛みそうになりながら走破して、ようやくバンは、晴一郎の滞在する『天野の本家』に辿り着く。
「さあ、お疲れさん! とりあえず、誰も車に酔わんでえかったのーう。街の男らは、もっとひ弱なもんじゃと思うとったが、いやー、誰も吐かんでえかった、えかった!」
と、本宮・兄が、回りくどーい褒めかたをしてくるのは、明らかに、嘔吐寸前まで行った三浦サンへの、イヤミと当てつけのようだ。優しく声をかけたり、額の汗をハンカチで拭いてやったり、かいがいしく世話をやいてやる美優先輩を、どうにも理解できないと言いたげな、あるいは、物欲しげな表情で眺めている。
「これ……僕らがいっぺんに入ったら、壊れるんじゃないかなあ……」
荷物を足元に転がしたまま、時代物の純日本家屋を見上げて、高杢が不安気に呟く。
「桃園会館の10倍は、確実にボロいな。」
と、遊佐が断定する。
「地震きたらアウトだね……。こないと思うけど。」
と言って、太賀が神経質そうに笑う。
「こないなんて保証はあるまい。日本は地震列島だし、飛天山は成層火山だ。」
後輩たちを怯えさせようと、できるだけドスを利かせてヤマダサンが言う。が、自分の不安を隠しきれないでいるあたり、まだまだ先輩道の修行が足りないようだ。
苔むした石の門柱。そこから玄関までの、遥かな道のりに、密生するスギゴケ。
割れたガラス窓。折れた窓の桟。屋根の上の、ただでさえ怖いのに、鼻が欠けて更にコワモテになっちゃってる鬼瓦。
時代劇に出てくる、村の庄屋さんのお屋敷が、不義密通、重ねて四つの凄惨な人切りの後で跡継ぎをなくして打ち捨てられて古びてそのままオバケ屋敷に転用されてる……みたいな感じ……ぼろい。すごく、ぼろい。
「晴一郎が帰ってきた日は、おれがケツに乗してきたんじゃが、玄関を開けるなり、タヌキの夫婦が飛び出してきおってのう。まあ、フンなんぞはもう、とっくに晴一郎が始末しとるじゃろうが……。」
自分で持てます、という鈴ちゃんの手から、ムリヤリ荷物を奪って運んできながら、本宮・弟がどら声で叫ぶ。どうやらエンジン音の有る無しに拘らず、声が大きいのは地声のようだ。
「それでも、ネズミなんぞは残っとるじゃろうし、毒ヘビやら大ムカデも出るかもしれん。おっかなくなったら、いつでも呼んでくれ。すぐに迎えにきてやるけえのう。」
そう言って、鈴ちゃんの手に、ムリヤリ小さな紙切れを押しつける。携帯の番号だろう。いちばん気の優しい子を脅かして狙うとは、なんと卑怯な。
「仕事が残っとるけえ、今はこれで帰らんといけん。晴一郎によろしくな!」
大騒音巻き散らかして、本宮兄弟は、嵐のように去っていく。
もうもうと立ちのぼる土埃に、ケフンケフンと咳をしていると、ようやく晴一郎が、門の前まで迎えに現れた。
「こんにちは、みなさん。ようこそいらっ」
「どうしてあんなのを迎えに寄越すのよ!!」
間髪入れずに、滝は怒鳴りつける。
10日ぶりに会ってイキナリこれかよ、と自分でも思ったが、怒りが治まらないのだから、他にどうしようもない。
滝の挨拶抜きの突撃クレームに、しかし晴一郎は全く動じず、即座に冷静に対応し始める。
「あんなの、と言うのは、優君のことだろうか。それとも、祐介のことだろうか。」
「両方に決まってるでしょ、いったいなんなのよあの兄弟は。」
「僕の友人だが。」
「なんであんなヘンなのと友達なの? どこに共通点があるのよ? なんのメリットがあって交流してるのよ!?」
「……滝ちゃんから見て、彼らはヘンだったのか?」
「ずば抜けてヘンよ。」
「なら、それが僕との共通点であるのかも知れない。今まで彼らのことを、そんな風に感じたことはなかったが……」
ふむふむと、ひとり静かに、なにか納得しはじめる。だめだこりゃ。話通じない。
「……ともかく、あたしはもう二度とあいつらには会いたくないからね。帰りはフツーに、バスで帰る。」
「夜の食事でまた会うだろう。」
こっちの感情を逆撫でするようなセリフを、さらっと速攻で返してくる。
「なんで!?」
「ファームレストランに招かれている。本宮の長兄が、一昨年から牧場の敷地内で始めた店だ。名を『ウシカフェ』と言う。」
「…………。」
「とてもおいしい。」
「…………。」
彼と話す度に、怒ったり、最終的には脱力したりしている自分に気づく。
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