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ウシさん模様のハイエース
途中で鈍行に乗り換えて、さらに2時間。
列車の中で駅弁を食べて、昼過ぎにようやく、飛天神社駅に到着する。改札を抜けるとすぐ、春の日差しに輝く飛天山が、視界いっぱいに広がって見えた。
なだらかな丘陵の上に、カラフルなパラグライダーが4、5機、のんびりと浮かんでいる。
ここが、セイちゃんの育った所。冷たさの残る風を胸一杯に吸いこみながら、滝は山の形を、網膜に焼きつける。
初等部2年生の夏、急に転校してしまった、口の利けない小さな男の子。あの子供が、あの奇妙な会話術を身につけるまでに、いったいどんな紆余曲折があったのか……。
「さーて、ここからすでに、謎は始まっているな。」
と、三浦サンが言い、古い映画の探偵みたいにあごに指をかけて、にやにやと笑う。
「なにが謎なんです?」
と、高杢が尋ねる。
「いったい、迎えにきてくれるのは、どういう人物だろうね? この、天野の地元の友人、というのが、僕にはどうにも、想像がつかなくて。」
しおりのその部分を、ぴんっと指で弾く。
「そうっすね……あいつが教室で喋ったことって、ほとんどなかったっすね。」
と、1年間、晴一郎と同じクラスにいた太賀が、首を傾げて言う。
「最初、話しかける奴は結構いたんすよ、成績はトップだし、ある意味目立つし。でも、会話続かないから、結局だんだん孤立していくんすよね。それでも平気そうにしてるし、害はないから、さらーっと放っておかれてたけど……」
「寮でもそんな感じだな。レクリエーション室になんか、あいつ、足を踏み入れたことすらないんじゃないかな。洗濯室でも風呂でも、ひたすら黙ーってるし、消灯時間過ぎると、ぴたっと寝室に籠っちゃうし。岩村先輩とは、たまに食堂で、本の話なんかしてるみたいだけど……。」
すすすーとさりげなくそばに寄りつつ、滝は会話に聞き耳を立てる。
「だろ? そういうタイプ、桃李ならスルーで済むけど、こんなド田舎の学校じゃ、絶対イジメの対象になると思わない? あいつ、ここで公立の中学に通ってたんだろ?」
「ここまで田舎だと、かえってみんな、のんびりしてるんじゃないっすかねえ?」
「わけないだろ。こういうのって、田舎へ行けば行くほど陰湿になるに決まってるんだから。」
「そうかなあ。でも、現に天野には、こうして僕らを迎えにきてくれるような友人がいるわけだから、イジメられてたにしても、完全に孤立はしてなかったわけで……」
「車で来てくれるということは、18歳以上じゃないか。なんか、ヘンなおっさんとかだったらどうする? 天野がそのまま老けたような。」
「うーん……」
と、高杢と太賀が同時に唸ったその時。
突然、真昼時の、寂れた田舎の駅舎前に、ぱらりらぱらりらぱらりら……と、ヤンキーホーンが鳴り渡った。暴走族がバイクに装着する、あれである。
なんだ? なんだ? と呆然としている一行の目の前に、ばりばりばりっ! とやかましい音を立てて、1台の、いかにもそれっぽいバイクが滑りこんできた。
「おまえら、那賀市から来た奴らじゃろう?」
エンジンを止めないまま、喉声いっぱいに尋ねてくる。金色に染めた髪の毛。両耳に、3個ずつピアス。つなぎの作業服に包まれた、屈強な体格。
教養のなさそうな……いや、純朴そうな顔立ち。
そのテのひとだ。思いっきり、そのテの人だ……。
街の奴がなにをしにきたのだ、というような、古典的なカラミだったらどうしよう、という不安が、全員の頭をよぎった瞬間、
「晴一郎の学校のヤツと違うんか?」
と言う、思いがけない言葉が聞こえた。
「あ……はい、そうですけど……。」
思わず、パッと反応してしまった滝の顔を、そのテの人は、黙って、じーっと見つめてきた。
「な……なんですか?」
「ふぅーむ……」
それから、視線を移して、今度は隣に立っていた鈴ちゃんを、じーっと眺め、
また視線を移して、後ろにいた美優先輩を、じーっと眺め、
「……はーあ、みんな、かわいいのーう!」
と呟いて、へらへらと笑い出す。
「いやー、お手柄じゃのう、晴一郎は! こんなかわいい子らを連れてきてくれたんじゃけえ、おれらは当分、あいつには頭があがらんよ。いやー、まいった、まいった!」
「あ、あのー……?」
なにがどうなっているのかサッパリわからず、そして、この相手にどの程度、地を出していっていいのかもハッキリせず、とりあえず滝は、街の賢い女子高生の顔で尋ねる。
「セイちゃ……天野くんのお友達のかたですか? 車で迎えにきて下さるって……」
「おお。車はの、少し、出るのが遅れたんじゃ。スグ兄のあほうが、磨くのに熱心になりすぎての。それでおれが、一足先に知らせに来たんじゃ。」
そこへ遠くから、バババババーッ!! と、これも闇雲に激しいクラクションが聞こえてくる。そのテの人が、振り返って指差す。
「お、すっ飛ばして来よった。ほれ、あの車じゃ。」
こんな道で、あんなスピードを出すのはいかがなものか、という勢いで、古ぼけたバンが、ぐんぐん近づいてくる。白地に黒のブチ模様の付いた、奇妙なバン。
「スグ兄め、俺が先にかわいい子に目をつけたらかなわんと思って、飛ばしよる。なあ、あんた。」
と、そのテの人は、滝のほうに顔を寄せて、
「今のうちに聞いとくけどな、あんた、晴一郎の彼女か?」
「は!?」
仰天して、言葉を失っている滝の顔を、注意深く観察してから、
「この中にだれか、あいつの女はおるんか?」
「い……いないと思う……けど……」
「ほうか! そりゃあえかった。」
と、なにかひとりで勝手に安心している。
「くおらぁ! ユースケ! おまえ、なに先に顔売っとるんじゃい!」
まだ停車していないバンの窓から、いかにもこの、そのテの人の兄、みたいな茶髪の青年が、顔を出して怒鳴っている。
車体には、草緑色のペンキで、まるっこいかわいい書体で、
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タイヤのゴムがダメになりそうな急ブレーキで、一行の前に急停車して、下りてくるなり、
「エンジン止めえ、やかましいわい!」
と、まずはそのテの人の頭を、思いっ切り張り飛ばす。
バイクのエンジンが止まり、ようやく静かになったところで、ビシッと直立不動の姿勢をとり、名乗りを上げる。
「おぃっす! 自分は、本宮優、21歳! 飛天村で観光牧場やっとる! 晴一郎に頼まれて迎えにきたけえ、まあ乗ってくれや!」
つられて、今更のように、そのテの人も自己紹介をする。
「おれはユースケじゃ、本宮祐介。晴一郎とは、小学校からずーっと一緒じゃった。バンは狭いけえ、誰か一人、おれのうしろに乗っていってもええぞ。なあ、おかっぱ、お前乗っていくか?」
そのテの人が、ぐいっ、と滝の前に、顔を寄せてくる。
「ヘルメットも、ちゃーんとあるけえ。な?」
……なぜ、ピンポイントであたしに来るのよ。
だんだん脱力してきた滝は、もう面倒くさくなって対外的な仮面を外し、
「ゴメン。ヤンキー苦手。」
と、素で伝える。
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