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真夜中の四角い画面
「姉ちゃんだけずるい、おれらだって、ケロッピーと一緒に寝たい!」
と双子がゴネまくって、結局、リビングで4人を雑魚寝させることになった。
「すると……黒々とした淵のほとりから……なにか、ひらべった~いものを、力任せにひっぱたくような音が……ぱちーん……ぱちーん……」
風呂へ行こうとして通りかかると、暗い部屋の中で弟妹が、四角く並べた布団の中で頭を寄せ合って、ぴの字の怪談を聞いている。
「不審に思って、はっつぁんが、そっ……と近づいていくと……淵のそばに、顔中、たわしのようなこわいひげを生やした、薄汚ーい小男が、しぼりの手ぬぐいをキリリと巻いて、地べたにうずくまっておりました……あたりには、ふしぎに甘ーいような匂いがたちこめ……台の上には……白っぽい、赤ん坊の頭ほどの丸いものが、むすうにごろごろ、ごろごろと……」
「うえぇ~……」
「ぱち、ぱちーん! と突然、ひと際大きな音を立て、男が、白い紙を束ねたようなもので、その台をひっぱたき……くわっ! とはっつぁんの顔を見据えたかと思うや、にた~りと満面の笑みを浮かべて『そ~こ~の~だ~ん~な~っ!!』」
「いやあー……」
「『まくわうりのおーやすうり~』」
「なんじゃーそれは! なめとんか、このくそぴー!!」
怒り半分、安心半分の非難囂々大騒ぎを遠くに聞きながら、湯船に身を沈める。甘いな、弟たちよ。俺なんか『ぱちーん』のとこで、もうオチは見えてたぜ。
風呂から出た奈緒志郎が、帰りにまたそっと覗きこむと、弟妹たちは、すでに寝息もわからないほどの深い眠りについている。あれだけ遊び倒したから、相当疲れたのだろう。
しばらく眺めていると、横向きに寝ていたぴの字が、もぞもぞと寝返りをうつ。暗闇の中で、目を、ぱっちりと開けている。
「……なんだ、起きてたのか。」
小声で言うと、ぴの字もひそひそ声で応じる。
「……先輩。」
「なんだ。」
「先輩んち、いいおうちだね。」
「まあな。」
「あたし、一生忘れない。」
「大げさだな。」
「野良だからさ、」
ほっ、と幸福そうなため息をついて、こう続ける。
「ぴりかは野良だから……野良は、一宿一飯の恩は、ぜったいに忘れない……」
それだけ言うと、また寝返って横を向き、布団をひっぱって、頭まですっぽりとくるまった。
少し、迷ってから、奈緒志郎は枕元にしゃがみこむ。
布団からはみ出た頭を、がしがしとかき回してやる。それは、まだあの建物の中で、連日大ハシャぎしていた頃、しょっちゅうふざけてやっていたこと。
ぴの字の髪の毛は、いつもゴワゴワで、まるで梳かしたこともないみたいにもつれまくって、少し、獣くさかった。
だが今は、この家の家族全員が使っているのと同じシャンプー、同じリンスで洗ったばかりで、まだ少し湿っていて……まるで、別人の手触りがした。
そんなことはしない方がよかったのだ。案の定、ベッドに入った後、気持ちが昂って、眠れなくなる。
「あー、もう。」
呟いて、携帯を取り出す。暗い部屋の中で、青白く、四角く光る画面は、1年越しの彼女にふられたての青年を、優しく慰めるようでもあり、あざ笑うようでもあり。
新しい着信は、なにもなし。メールの新規作成画面を開いて、宛先に弥生のアドレスを入れる。そこまでで、あとはなにも入力できずに、ため息をついて、ぱちんと閉じる。
しばらく考えた後、もう一度、開く。時計を見ると、午前1時を少し回ったあたり。そして今度は、美優ちゃんにメールする。
ーーーまだ、みんな起きてるか?
いくらも待たないうちに、返事が来た。
ーーー寝てましたー
山の中歩き回ってちょっとくたくた
みんな起きてるかってことは
合宿だって知ってるんですね?
なんで知ってるの?
ーーー起こしてすまん
おいてけぼりを拾った
すげーしょげてたぞ
そっちは楽しくやってるのか
ーーー拾った? あらあら
おいてけぼりなんてしてません
駅のホームで待ち合わせしてたら
滝ちゃんに電話があって
具合が悪いからってことで
仕方なく出発したの
やっぱり仮病?
ーーー仮病じゃない
精神的なものだと思う
Pの家庭の事って何か知ってるか?
次の返信には、しばらく時間がかかった。
ーーーさあね。
先輩、あまり首つっこまないほうが
いいんじゃないですか?
それに対し、どう返信していいのかわからず、考えこんでいるうちに、タイミングを逃してしまった。
美優ちゃんも、それ以上、なにもよよこさなかった。おそらく、また眠りについてしまったのだろう。
時計はもう、午前2時を回っている。まだ、眠気は訪れない。
チビどもはおそらく、いつも通り7時前には目を覚まして、兄を叩き起こしにくるだろう。寝不足は必至だ。
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