minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

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  日常降臨

 

 

 生け垣の周囲には、前・園芸部長、エリちゃんが植えていったハーブ類が、現・園芸部長、天野の手で刈り込まれて、きれいな模様の花壇になっている。

 奈緒志郎が名前を覚えているのはのは、せいぜいミントとタイム、それに去年の初夏、大騒動を引き起こした猫草、キャットニップくらいのものだ。

 が、早い花が咲き初めるこの季節の、この空気の香しさは、多分一生、高等部時代の思い出の、基調として残る。それくらい、奈緒志郎の脳みそに、深く刻みこまれている。

 そこへ突然、見慣れた顔ぶれが並んだ。

 2本のアンズの木の間に、吉宗、まりあ、透が、横1列に並んで、ひどく訝し気な、疑わしそうな目で、兄を凝視している。

「お前ら、なんでここに?」

 と尋ねると、

「探しにきたに決まってるでしょ!」

 と、まりあが口をとんがらせて言う。受験を乗り越えた自信ゆえの変化だろうか、ここしばらくの間に、口調がぐんと生意気になってきている。

「お兄ちゃん、今日、映画に連れてってくれるって約束だったじゃない! まさか、忘れてたわけじゃないんでしょ?」

「あ」

 そんなことも、言ったような気がする。昨夜、弥生から逢いたいとメールがきて、すっかり失念していた。

「電話しても出ないし、多分、また例の『マイナークラブハウス』に行ってるんじゃないかなーって思ったから、見にきたの。大当たりだったわ。」

「どうやってここまで来たんだ?」

「バスに乗って。もう、来週からはひとりで通うんだもん。練習がてら、ね。」

「兄ちゃん……それ、なーに?」

 と、透が言って、奈緒志郎の隣のニホンアマガエルを指差す。

「人形? それとも、生きてるの?」

「ケロケーロ!」

 と、ぴの字が叫んで、片手を挙げてぴょこんと立ち上がると、弟妹3人はびっくりして、一斉に数歩、後ずさる。

「ケンケロリ、ケケンコ、コケロ?」

「こんにちは、お元気ですか? と、言っている。」

 と、奈緒志郎が通訳する。

「ケロー、ケンケロリ、ケンココロリーコローリンコケロケロ、ケケケケケケケ。」

「いやー、先輩に、こんなかわいいごきょうだいがいたなんて、ははははははは。と、言っている。」

「なんなのよ、それ!」

 と、まりあがキレそうな顔で怒鳴る。

「これは、つまり……」

 しばらく答えに詰まってから、奈緒志郎は、ぴの字のカエルあたまをぽん、と叩き、真剣な顔で宣う。

「俺のゲットしたポケモンだ。」

「うっそおーっ!!」

 透と吉宗が、疑い半分、信じたい気持ち半分で絶叫する。

「おいおい、兄ちゃんがお前らに嘘をつくと思うか? 本当に決まってる。名前はケロッピー。」

「ケロッピー!!」

 と、ぴの字が雄叫びを上げつつ、ポーズを決める。

「いねーし、そんなポケモン!」

「だから新種だ、世界で兄ちゃんだけがゲットできたんだ。」

「ホントにー? じゃー、なんか技、出してみてよ。」

「よし。ケロッピー、必殺技!」

「ケロ!?」

 目をむいて驚いてから、ケロッピーはひそひそ声で尋ねる。

「な、なにをやれと」

「いいからやれ、得意だろうこういうのは。」

「なに? なんか今、喋ってない? ソイツ……」

 純真な子供の、疑いの視線の圧力を撥ね除けるかのように、ケロッピーが、渾身のジャンプと腰のひねりで、技を繰り出す。

「けっ……ケロッピー、怒りのヒップアタックでありまーっす!」

「アニメ違うだろ、それ!」

 振り向けた尻に、6歳のダブルキックをくらって、ケロッピーはあえなく、戦闘不能となる。

 

 着ぐるみの下から、膝の破れたジーンズ姿のぴの字が、半ベソ顔でモゾモゾと現れると、

「それ、お兄ちゃんの彼女じゃないでしょうね。」

 と、まりあがさも、軽蔑しきったような声で言う。

「違う。断じて違う。」

「ねーねー、かしてかしてかして。」

 透と吉宗が、早くも着ぐるみの争奪戦に入っている。チビのぴの字に、ちょうど合うように作られた着ぐるみは、体格の大きい高橋家の新1年生にも、どうにかこうにか着られるサイズだ。

「おおーっ、かっちょいーっ!!」

 チャックを上げてもらうなり、透は中庭をぴょんぴょんと飛び跳ねはじめる。

「ゲーロゲロゲロ僕カエルー♪」

 それを吉宗が、ぴったりくっついて追いかけ回す。

「透ずるいー、おれも着たいー。おれも着たいー。」

「まだ、中にいっぱいあるんだじょー。犬とかネコとか、オバケとかー。」

 と、ぴの字が言うと、

「うそ! 見るー!」

 と叫んで、3人でどっと駆け出していく。

「ちょっと、二人とも! 遊びに来たんじゃないのよ、すぐに帰るんだから!」

 と、まりあが叱るが、まるで耳も貸さない。どたどたーっと階段を駈け上る音がして、2階の演劇部室から、わあわあきゃあきゃあと大騒ぎする声が降ってくる。

「あー、もう……」

 と、まりあがお姉さん風を吹かせつつ、ため息をつく。

 いつもいつも、高橋家のリビングをいっぱいにしている嬌声が、マイナークラブハウスにこだまする。なんか、変な感じ……。

 

 

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