3
淋しいのは好きか?
「合宿ぅ?」
うらうらと暖かい中庭のベンチに並んで腰かけて、できたてのタンコブをさすりながら、泣いていた理由を聞く。
「全員が行っちゃったのか? お前ひとりだけ残して?」
「…………。」
「どこへ?」
「…………。」
「どこへ行ったかさえ知らないのか?」
「ううん。」
ぷるぷると首を振って、ようやく聞き取れるぐらいの小さな声で呟く。
「……園芸部長んち……」
「天野んち? どこにあるんだ?」
「なんか、山の方だって。飛天山、とかゆう……」
「飛天!? あいつはあんなところの出だったのか? それはまあなんというか……」
隣接する3つの県境を跨いだ飛天山は、標高1666メートルの成層火山。
天狗伝説、隠れ里伝説が残る他、天空から謎の飛来物が山頂に降り立った、という安土桃山時代の記録が、麓の町の神社に残っていたりして、まあ言ってみれば、オカルト好みのミステリー・スポットである。
「……ピッタシだな。」
堪えきれず、ぷっと笑ってしまったのだが、ぴの字は隣で、相変わらずどよ~んとしている。
「つまるところそれは、マイナークラブハウスの合同合宿ってことなんだな? なんでお前、一緒に行かなかったんだ? まさか、置いてけぼりくらったわけでもないんだろ?」
そう尋ねても、ぴの字は眉根にしわを寄せて、唇を噛んでいるばかり。
「……まさか、天野に突っぱねられたんじゃないだろうな? さすがに、そこまではやらないだろう?」
故あって、園芸部長、天野晴一郎は、ぴの字を天敵認定している。
ぴの字の方でも、それはよく心得ている。原因が自分の野菜ドロボーなんだから、致し方あるまい。それでも、そんな陰険な仕返しを受けてもいいほどの、ひどい罪ではないはずだ……と、思う。
だか、ぴの字は相変わらず、じっと地面をにらんで涙を堪えている。
「……そうなのか? あいつが、お前だけ来るなって言ったのか? そんなんで、他の連中も納得したのってのか?」
「…………。」
「許せんな、それは。」
呟いて、パーカーのポケットから、携帯を取りだす。アドレスを開いて、番号を探していると、横合いからぴの字が、がつっと手首を捕まえてくる。
「な、ななな、なにしてるの先輩。」
「誰かに電話して聞くんだよ、どーゆーことだって。ヤマダは行ってるか? 岩村は?」
「や、やめて、やめて。ちがうの。ちがうの。」
「なーにが違うんだよー。いくらお前が、学習能力のない山猿並みのカッパライでも、こんな理不尽な目に遭わされてまで、黙ってることないぞー? 俺が天野にがつんと言ってやるよ。」
「言わなくていいーっ! 園芸部長はなにもないの! 来ちゃダメなんて言われてない! ぴりかが行かれなかっただけなのーっ!」
叫びながら、必死で腕を揺さぶってくる。それで一旦携帯を閉じる。
「行かれなかった?」
こっくり頷く。
「なんで?」
「……駅まで、行ったら……」
「うん。」
「……駅の……改札口まで、行ったら、そこで、急に……」
「うんうん。」
「……なかが……く……」
「なに? 聞こえない。」
耳を近づけて促すと、蚊が泣くような声で、ぽそっと言う。
「おなかがいたくなっちゃったの……」
「だーっ。」
学校がニガテな小学生と同じレベルじゃないか。
奈緒志郎が呆れて脱力していると、ぴの字はニホンアマガエルの着ぐるみのまま、ベンチで三角座りになって、しくしくめそめそ泣き始めた。
こいつもまた、よくわからん娘だ……。普段はあれほど底抜けで、タフで、能天気に見えるのに、仲間から引きはがされた途端、こうも無力になるとは。
「……それだったら、家に帰って、のんびりしてればいいじゃないか。なにもこんな、無人の桃園会館で、ひとりカエルの皮着てぶら下がって、己の悲壮感を盛り立てるこたぁなかろう? そりゃマゾのすることだぞ。」
少し、きつく叱るような口調でそう言うと、途端にぴの字の目が、ギッ、と反抗的な吊り上がり方をする。
そして、暗い声で、
「おうち、ここだもん。」
と呟いて、泣くのをやめて、黙りこんだ。
ここがおうち?
なんのことやら、意味がわからずにいると、表のドアのほうから、突然、わいわいと騒がしい気配が漂ってきた。
「姉ちゃん、ホントにここー?」
「ぼろっちー! トトロの家みてー。」
「これよ。あたし、前に一度、お兄ちゃんに連れてきてもらったことあるもん!」
「でも誰もいねーし!」
「透、中、探しなさい。吉宗は裏よ。絶対いるわよ、駐車場に車あったんだから。」
ざくざくと、建物のまわりの玉砂利を踏みしだいて近づいてくる、子供の足音。
やがて、生け垣の上に、ぴょこぴょこと野球帽を被った頭が見え隠れし、両側をアンズの木で挟まれた小さな入り口から、元気いっぱいの小坊主が、ひょい、と中庭を覗きこむ。
「いたーっ!! 姉ちゃん、透、兄ちゃんめっけたどー!!」
「……吉宗?」
もうわかってはいたけれど、こんなところで弟と顔を合わせるのがあまりにも意外、かつ、新鮮だったので、一応、驚く。
ふと、隣を見ると、ぴの字がしゃきっと背中を伸ばして、すっかりいつもの顔で、
「ほえーっ……コドモだー。」
と感嘆して、目をぱちくりさせている。
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