minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

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  親愛の表現!

 

 

 今週がどうしても外せなかったのは、妹のまりあの、桃李学園中等部入学式と、双子の弟、透と吉宗の小学校の入学式が、折悪しく重なってしまったからだ。

 高橋家は、奈緒志郎を頭に、まりあ、透、吉宗の四人きょうだい。

 商社勤めの父、敦彦(42)は、現在、東ヨーロッパの、少々キケンな国に長期出張中。優しい祖父母たちは、どちらも遠方に住んでいて、すでにかなりの高齢だ。そう簡単に応援は頼めない。

 家族会議の結果、母、徹子(41)は双子の付き添いに、奈緒志郎は、勝手知ったる母校、桃李学園の先輩として、まりあの付き添いに、それぞれ赴くことに決まった。

 だが、運の悪い事に、それは弥生の短大の入学式の前日でもあった。学校が始まる前に、一緒に旅行に行きたい。旅行がだめなら、せめてどこかに一泊したい。と、ずっと前から言っていた弥生は、これで完璧に、機嫌を損ねてしまったのである。

 本当に、どうしてこんなことで、1年以上続いた関係をぶっつり打ち切りにできるのか、奈緒志郎には、見当もつかない。

 あいつは俺が、妹や弟たちを、ほっぽり出すような人間だったらよかったとでも思ってるんだろうか。こんなところで自分の母親を、

「あ、俺、彼女と旅行行くから。」

 と言って突き放すような男が好みだ、とでも言うのか?

 ……やめよう、こんな、白か黒か、しかないような考え方。

 多分、それ以外にも、なにかがあったのだ。そして、そのなにかは、またしても、俺にはよくわからないなにものかであったのだ。

「なにが女の子の望みなのか、よく考えてあげてね。」

 くそったれ、そんな昔々のナゾナゾみたいな言葉を置いていくんじゃねーよ。

 考えたよ、散々。調べたよいろいろと。ノヴァーリスのヒロインは結局死んじゃうし、グレートヒェンは俺の好みじゃないし。アーサー王まで遡ったよ(あのグウィネヴィアってのはアホな女だなしかし)。江戸の心中ものにはどうにも共感の仕様がなくて困ったよ。腐女子の心理を探る本をレジに持ってくのはキツかったよ。

 

 林を抜け、桃園会館のドアの前に立つ。

 ライオンのドア・ノッカーをしみじみと見つめながら、

「誰もいねーかもな……春休みだし。」

 と、淋しく呟く間もなく、中から、なんだか投げやりーな感じの絶唱が漏れてくる。

 

  まっかなてれびをひろったー じてんしゃにのせてかえったー

  それはすこしだけーあたたかーいー よーるーだったー……♪

 

「ぴの字?」

 おお、あれがいるなら退屈はしない。どれ、ひとつ、おちょくってやろう。

 ぱっといつもの先輩ヅラに戻って、

「諸君! 元気で活動しておるかー?」

 ばーんとドアを開けると、ホールの真ん中で、巨大なニホンアマガエルが、ワイヤーロープにぶら下がって、びよんびよんと揺れていた。

 演劇部の衣装係、福岡滝が製作した、緑の着ぐるみ。

 天然ボケの新・演劇部長、畠山ぴりかの、一番のお気に入り衣装。

「……って、あれ? なんだ、ぴの字。お前ひとりだけか?」

 妙にしーんと静まり返ったホールを見渡して、奈緒志郎は尋ねる。

「他の連中はどうしたんだ?」

 そう言って、ぴの字の顔を見て……仰天する。

 最初まるで、なにが起きたのかわからない、という風で、ボー然と奈緒志郎を見返していたぴの字の目に、みるみる大粒の涙があふれて……ぽろぽろ、ぽろぽろとこぼれ始めた。

「なっ……どっ……どう……」

「た・た・た・たかはしせんぱあぁぁぁぁい!」

 叫びながら、ニホンアマガエルは、奈緒志郎目がけて、ぴょーんと飛びついてきた。

 と、思ったら、奈緒志郎の腕に飛びこむ寸前でぴたっ、と空中で静止して、そこからびよよーんと引き戻されていく。腰に装着されたままのワイヤーロープは、バンジージャンプに使う、伸縮性のあるやつだ。

「あう。」

 とか言いながら、ホールの反対側まで、ばいーんとはね飛ばされたかと思いきや、

「はうーん!」

 と、ヘンな声で力みながら、反動を利用して、今度こそ、ちからいっぱいのジャンプで、奈緒志郎にがっちりとしがみついてくる。

「そうかやはり俺を愛して……うああ。」

 冗談をやる間もなく、今度は二人揃ってロープにぐんと引っ張られる。

 腰回りをつかれたまま、そんな不自然な力を加えられて、奈緒志郎はついにバランスを崩して、仰向きざまにすっ転んだ。床で後頭部をがっつり打って、そのままホールの中央まで、ずりずりずりーっと引きずられる。

「うあーん、せんぱぁぁい、よく来てくれたよう。うれしいよぉぉう。オイラもう死ぬかと思ったよぉぉう! わあぁぁぁん!」

 自分だけ安全に宙に浮いたまま、無傷のぴの字が、奈緒志郎の服で、涙をごしごしと拭いてくる。

 今後、抱きつく時には、着ぐるみは脱げ……と、忠告しておきたかったが、声も出ない。

 

 

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