minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

7

  意思が働く最後のライン

 

 

 寒さで目が覚める。

 ここはどこだろう、という疑問が頭に浮かぶまでに、そもそも何分もかかった。

 腕時計をみる。ファッションウォッチの小さな文字盤は、この暗がりの中では読み取れない。かおりはハンドバッグから携帯を取り出し、時刻を確認する。

 9時15分前……そうして突然、これが本日2回目の、まったく同じ行動であることに思い至る。

 寒い。早く起き上がって、歩き出さなければ、凍えてしまいそう。そう思うのに、体が冷えすぎていて、立ち上がることもできない。

 凍死というのは、こんな日本の温かい地方でも可能なのかしら。そんなことを考えて、……今度はもう、笑えない。

 つま先が冷たくてズキズキする。肩が冷えて、首が回らない。頭が、重い。

 こんなに全身生気のない状態のくせに、痛いほどの空腹を覚えている。それに……トイレにも行きたくなってきた。もうどうしても、気力を振り絞って、立ち上がらなければならない。

 木に寄りかかりながら、ずり上がるようにして、体を起こす。はらはらと、枯れ葉が溢れる。ひどく疲れ果ててはいたが、もう目眩も、耳鳴りもしない。

 坂道へ戻ろうとして、かおりはしばし振り返り、林の中を凝視する。

 あの子供たちが座っていたところに、ぽかんと丸く、月の光が当たっている。

 本当に、あれは夢だったろうか。

 

 誰にも会わずに、駐車場まで辿り着くことができた。もう、車がほとんど残っていない。

 あの柳場という教師は、やはり車で通勤しているのだろうか。自分が帰る時に、畠山ぴりかの母親の車らしきものがまだあるが、などと不審に思いはしなかっただろうか。どの車が誰のものかなど、人はそんなに気にするものではないと、わかってはいてもやはり、少し不安になる。

 ハンドバッグに手を伸ばす。……口金が開きっぱなしだ。さっき携帯を取り出した時に、閉め忘れたらしい。

 嫌な予感がして、中身を乱暴にかき回す。そして、予感した通り、車のキーが見つからない。

 散々ごそごそやってから、とても努力して目を閉じ、深呼吸をひとつする。凍えて言う事を聞かない指先を懸命に動かして、できるだけ冷静に、バッグの中身をひとつひとつ、ボンネットの上に並べていく。

 ない。

 どこにも、ない。

 もう、どうしていいかわからない……。

 目頭が熱くなってくる。どうしてこんな目に遭うのだろう。どうしてこういうことはいつもいつも、固まりになってやってくるのだろう。

 たいして面倒な用事ではないはずだった。今日が終われば、また眠れるはずだった。悪いことはなにもしていない。わたしはいつだって、言われた通りに努力しているだけなのに。

 ボンネットの上の、あれやこれやの上に、バンと乱暴にバッグを叩きつける。ギギッと嫌な音がした。口金で、塗装を引っ掻いたような音。ああ、もういい、もういい。たとえ傷だらけになったとしても、それもきっと今日の固まりのうちに、始めから含まれていたに違いない。

 この後、今日が終わるまでに、もうなにがあっても驚かない。事故かもしれない。レイプかもしれない。この暗闇で強盗に絞め殺されかけて、後の人生を全て病院のベッドで、植物状態になって生きることになったとしても驚かない。

 あるいは、部屋が火事になっているかもしれない。

 どうにかキーを発見して、真夜中頃になって、ようやくマンションに辿り着くと、あの部屋からごうごうと、火の手が上がっているのを見るのだ。

 すべてが燃える……ぴりかごと。

 

 

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