minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

4

  覗き窓

 

 

 寒さで目が覚める。

 ここはどこだろう、という疑問が頭に浮かぶまでに、そもそも何分もかかった。

 腕時計をみる。ファッションウォッチの小さな文字盤は、この暗がりの中では読み取れない。かおりはハンドバッグから携帯を取り出し、時刻を確認する。

 5時15分前……12月の夕刻は、こんなにも早く暮れるものだということを、久しぶりに実感する。

 寒い。早く起き上がって、歩き出さなければ、凍えてしまいそう。そう思うのに、体が冷えすぎていて、立ち上がることもできない。

 凍死というのは、こんな日本の温かい地方でも可能なのかしら。そんなことを考えて、かおりは少しだけ笑う。それから、座ったまま、なんとか少しでも暖をとろうとして、手のひらで肩の辺りをこすってみる。

 身動きしてみると、腰の辺りがほんのり温かい。手を伸ばしてみると、下に敷いた、かさかさに乾いたたっぷりの落ち葉が、かおりの体温で暖まっている。

 それを少し、掬い上げて、膝の上に乗せる。両足を埋めて、体の前にもかけ、胸に抱きしめる。

 厭わしいような、懐かしいような、少しすっぱい土の匂い。

 ひどく、みじめな気持ちだった。

 誰のせいだというのだろう。どうしてこんな酷い事になるのだろう。自分も含めて、身の回りに、そんなに悪い人間など、ひとりもいないというのに。

 

 かさり、かさり……と枯れ葉を踏んで歩く音がして、かおりは瞬時に神経を張りつめる。

 誰か来る。

 こんなところを、人に見られてはならない。畠山家の嫁が、学校の林で、不審者のように地べたに座りこんで、枯れ葉にくるまっているところなど。

 けれど、今、立ち上がっても、間に合いそうもなかった。第一、体が言うことを聞かない。暗がりと枯れ葉が自分を覆い隠してくれることを願って、かおりは息をひそめる。

 そして、目を凝らす。やってくるのが、どんな種類の人間であるのか知ろうとして。

 その人間は、背中に何か、荷物を背負っているようだった。

 リュックサックの類いではなかった。四角くて、平べったい、箱のようなものだ。

 妙に背中を丸めて、おかしな歩き方をしている。なんと言うか……まるで、昔のお芝居に出てくる泥棒が、抜き足、差し足、忍び足をしているような歩き方。

 そう思えば、背中の四角い包みも、まるで芝居の泥棒の風呂敷包みだ。手を、顎の辺りで握りしめているようなシルエットも、完全に風呂敷を背負った人の格好だ。これで、あとは頬被りでもしていたら、もう完璧に……

 してる。

 頬被り、してる。

 だんだん近づいてくる。黒っぽい風呂敷包みに、仄かに白く、模様が入っているのが見える。

 唐草模様だった。

 (泥棒……!)

 恐怖に身を竦ませてから、そんなバカな、とかおりは思い直す。

 いくらなんでも、今時、ほんとうにあんな格好で泥棒する泥棒が、いるわけない。

 では、泥棒でなかったらなんだというのか。それを想像し始めると、なおさら怖くなりそうで、ともかくかおりはこの人物を『泥棒』だと認識することに決める。

 泥棒は、かおりの足元から、ほんの1メートルほど先の地面をゆっくり、ゆっくりと通り過ぎ、2、3歩進んでから、ぴたり、と立ち止まる。

 そして、低く、口笛を吹いた。

「いるか?」

 と、声がする。まだ若い男の声。

「いるよー。」

 と、囁き返す女の……少女の声。きひひひ……と下品に笑いながら、さらに続ける。

「とったとった、ばーっちり。いやー、最後、高橋先輩にみつかっちってさ。ちょっとだけ追いかけられたけど、なんとか逃げ切ったよーん。」

 聞きながら、かおりは頭がくらくらする。

 ぴりかの声に似ている。喋り方がひどく幼く、軽薄だったが、その独特の、潰したような甲高い声は、間違いなく娘のぴりかのものだ。

「うそぉ。ちゃんとまいたぁ?」

「だいじょぶっ。時間、あと何分?」

「……あと、10分で5時だ。しかし、あのヒトはしつこいからなあ。油断は……」

「見つけたーっ!!」

 ピィィィーッ! とホイッスルの音がして、背後から懐中電灯の光が、林の中へ差しこまれる。

「岩村! ぴの字! 神妙にお縄をちょうだいしろいっ!」

「むぎゃー!!」

「走れ! こっち!」

 がさがさっと足音高く、声の主が、かおりの目の前を通り過ぎる。

 懐中電灯の灯りに照らし出されたのは、さっきの泥棒。そのすぐ後を、黒ずくめの忍者の格好に、泥棒と同じ唐草模様の風呂敷包みを背負った、小さな少女の影がついていく……

「……ぴ」

 危うく呼びかけそうになって、かおりは寸前で、声を飲みこむ。

 なにをしているの? わたしの娘は、一体なにをしているの?

「おーい、高橋せんぱーいっ! どこですかーっ!」

「ここだ! 坂道越えて、雑木林の方まで来てやがるーっ!!」

 叫びながら、その追っ手も、かおりの目の前を駆け抜ける。

 この学校の制服の上に、藍染めの法被を羽織った背の高い少年が、頭に、時代劇の月代のかつらを被って、右手に十手、左手に懐中電灯を持って。

「ヤマダ! 坂道の下から回りこめ! 遊佐は坂道を見張ってろ!」

 その瞬間、木の反対側から、黒いヴェールの付ついた帽子を被った、黒いスーツ姿の少女が飛び出してきて、月代の少年の前に立ちふさがる。

「たーっち!!」

「わ。」

 ぴたりと、少年は動きを止める。

「ぬぬぬ、美優ちゃん。」

「ほほほ。」

 スーツの胸に手を入れて、小さな銀色のピストルを取り出す。

「フリーズしたついでに、死んで頂きますわ。」

 銃口をぴたりと額に当てて、口で言う。

「ばきゅーん!」

「がくり。」

 これも口で言って、少年はその場に倒れた。

「ちゃーんと100まで数えて下さいよー。」

 と言いながら、スーツの少女は、さっきぴりかたちが駈けて行った方角へ走りだす。

「わかってるっ。ちくしょう、もう時間ねーのに……。いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお……」

「おー、高橋先輩。死体ご苦労様っす。」

 言いながら、また別の人影が、背後の坂道の方から近づいてきた。

 制服の上に、真っ黒な長いマント。四角い眼鏡をかけて、頭にはドクロを染め抜いた、海賊の首領の帽子。腰には半月刀。

「死んでる気分は、いかがですか。」

「……じゅーきゅ、にーじゅ、にじゅいち……」

「返事くらいしてくださいよー。冷たいなー。」

「……にじゅきゅ、さーんじゅ、さんじゅいっち……」

「オーストリア皇太子がサラエボで暗殺されたのは西暦何年?」

「やかましーい! さっさと自軍を助けに行けー!」

 一瞬だけ起き上がった死体に一喝されて、海賊は、あはははは……と笑いながら立ち去る。

「……さんじゅさーん、さんじゅしー、さんじゅごー、さんじゅろっく」

「うわあああ! 来たあああっ」

 どっと大勢が押し寄せてくる。泥棒、ぴりか、海賊、スーツの少女。それを追って、ポインター種の犬(着ぐるみ)、巨漢の兵隊、それに、なんだかよくわからないけれど、昔のテレビに出て来た正義の味方風の扮装の少年。

「お宝を寄越せえええい、てやーっ!」

 正義の味方少年が、腰に差していたフェンシングの剣で、ぴりかの頭に一撃を振り下ろそうとする。と、横合いから海賊が、半月刀でその剣をはっしと受け止める。

「ぬぬ、邪魔するか。」

「ははははは、ゴーヘーめ、僕の相手をするのは10年、あ痛っ!」

 ぴしりと足をぶたれて、海賊がぴょんぴょん飛び跳ねる。

「ゴーヘーお前! ひとが台詞言ってる間に攻撃すんなよな!」

「甘いっすよ三浦先輩。勝負はシビアに、いでー!」

 後ろに回りこんだ忍者姿のぴりかが、正義の味方少年の尻を、日本刀で突いた。

「ひっ……でー! ぴりか先輩、今のはひでー!」

「勝負はシビアに、あっ! あっ、あー!!」

 ぴりかの後ろに回り込んだポインターが、風呂敷包みをつかんで引っ張ると、結び目がほどけてしまった。

「とったりぃー!!」

「よし、ヤマダ! 陣地へ走れ!」

 ポインターが、走って林を出ていく。

「美優せんぱい、早く! たっち、たーっち!」

「ヤマダくーん! 待ちなさーいっ!」

 スーツの少女が、ピストルを差し上げながら、犬を追っていく。

「……きゅーじゅはっち、きゅーじゅきゅー、ひゃーくっ! おりゃあ、貴様らああ!」

 倒れていた月代少年が、がばっと跳ね起きて、十手を振りかざす。

「泥棒組、覚悟!」

「くそー、こうなったら、聡の持ってる箱だけ死守!」

 泥棒を後ろに庇い、海賊とぴりかが、各々の刀を構える。

 と、その泥棒の背後から、どこかイスラム圏の女性の衣装を着た影が、そろーりと近寄ってきた。

「たーっち! 岩村先輩、フリーズ!」

「わー、やられた!」

「ぎゃーっ! 鈴ちゃん、ひどいいいいいい」

 泥棒が立ち尽くしたまま固まって、100、数えだす。月代少年と兵隊と正義の味方、対、忍者ぴりかと海賊、の組に分かれて、乱闘が始まる。

「とおっ!」

「たあっ!」

「てえーいっ!」

 乱闘、と言っても、子供のチャンバラごっこだ。お互い、相手の太刀筋を見ながら、いかにそれらしい形を作るか、だけに腐心している。見ているこっちが、のんびりしてくるようだ。

「くそう、三人掛かりとは卑怯だぞ。」

 と、海賊が呻く。

「ふにゃあっ!」

 とぴりかが叫ぶ。兵隊姿の少年に、刀をはじき飛ばされてしまった。

「くノ一、覚悟!」

 と言って、兵隊少年が、ぴりかの頭上に刀を打ち下ろそうとする。そこへ、また新たな少年が飛び込んでくる。ジャージの上から、横縞の水夫シャツ。頭には白いタオルを巻いている。多分、海賊の手下。

「ぴりかちゃーん!」

 叫んで、白羽取りで兵隊の刀を受け止めようとして、受け止め損ない、自分の頭に、ぽこりと直撃を食らう。

「痛い。」

「ふおおー、たかもくーん!?」

 と叫ぶぴりかの目の前で、少年はゆっくり倒れた。

「ごめん、死んじゃった。」

「わはははは! 高杢、バカじゃねー!?」

「うるせー遊佐! お前、僕が出てきた途端に速度上げたろう、振り下ろす速度!」

「ったりめーだろ。愚痴る暇に早く100、数えろ。」

「いーちっにーいっさーんっ」

「早ぇえ! だめだ、そんなん。」

「わーっ!! とられるー!!」

 泥棒が、固まったまま悲鳴を上げる。月代の少年が、風呂敷包みを奪い取る。

「むはははは、確かに返してもらったぞ。ものども、そ奴ら、しばし足止めしておけい! 鈴ちゃん、急いで陣地に帰るぞ!」

「はいっ。」

 ぴりかが兵隊少年と、海賊が正義の味方と、渡り合っている間に、月代の少年は、イスラムの少女を連れて、この場を立ち去ろうとする。

 と。

「たっちたーっち! 高橋先輩、フリーズ。鈴ちゃんもフリーズ!」

「わああああ」

 もう、かおりの視界からは外れていたが、どうやらあのスーツの少女が戻ってきているらしい。

「美優先輩!」

 と、ぴりかが、喜びにあふれた声で叫ぶ。

「じゃーん!」

 と言いながら、スーツ姿の少女が、かおりの視界に現れた。風呂敷包みを、両手に、ひとつずつぶら下げている。

 同時に、いくつものアラームが、一斉に鳴り響く。

「5時っ! 終了! しゅうりょーう! 泥棒さんチームの勝利、いぇーい!!」

「やった! 美優ちゃんサイコー!」

「すげーっ!!」

 雑木林のうす闇の中に、ぴりかと友達の声が、響き渡る。

 

 

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