minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

9

  見える奴には見えること

 

 

「ほいじゃ、文化祭ライブ大盛況、および、八雲先輩の部長引退を祝しましてえー」

「めでてぇのか、それはっ!」

 音頭とった後輩の後頭部を思いっきり叩く。それが合図の代わりになって、ともかく全員、紙コップに入ったポカリなんぞを持ち上げて、イェーと乾杯になる。

 中等部の部室で、さすがに堂々と酒は飲めない。とりあえずここで水分を補給しておいて、後はリスクを冒す気のある奴だけ連れて、どっかの店に移動だ。

「はあー、引退かあ。高等部も、来週の文化祭が終わったら世代交代だねえ……」

 と、業平の隣でよーこ先輩が、しみじみ呟く。

「そしたら次は、ぴりか先輩が部長っすか?」

「そうなるねえ。うち、2年生がいないから。」

 そう言って、少し離れたテーブルで後輩どもに取り囲まれたぴりか先輩の方を、心配そうに見つめる。

「……本当は、もうちょっと、あの子を鍛えてから卒業したかったなあ。もう1年、早く生まれてて欲しかった。なんでもソツなくこなしちゃうようでいて……正直、あの子の演技って、とても使えたもんじゃない。」

 びしっと辛口の意見。それが、今日、業平の感じていたこととリンクしているような気がして、業平は思わず、耳をそばだて、身を乗り出す。

「舞台に立つと、却ってなにをやっていいのかわからなくなっちゃうタイプだね。意識をどのレベルに設置していいのかが、出た途端に見えなくなるとでも言うか……」

「俺もそれ、思いました。」

 今日の演奏を思い返して、業平も言う。

「もちろん、水準は超えてますけどね。演奏ミスする訳でもない、棒立ちになっちゃうわけでもない。うまーいとこで客をあおって……」

「台詞もね、トチんないよー。練習で指示したことも、もう完っ璧に覚えてる。でも、なんて言うか、入ってないんだな! なにか、こう、大事なものが!」

「あそこまでできる奴に、これ以上求めても、しょーがねーのかも知んないけど、でも……」

「なーんか不満なのよねー。」

「不満っすねー。」

 思わぬところで、思わぬ相手と意気投合しちゃってるぞ。

 お互いにそう思って、苦笑いを交わし合って、いやまあ、どうぞどうぞとポカリの注ぎ足し合い。

 話題が深そうだとでも思ったからか、いつの間にか他の部員たちは少し遠ざかり、今このテーブルにいるのは、業平とよーこ先輩だけになっている。

「そうか。音楽の人も、やっぱりそう感じるのか。なんでああなるのかねえ。普段の方が、ずっと生き生きしてるよねえ。」

「つまり、普段が演技なんじゃないすかね。」

 そう言って業平は、ちらりとぴりか先輩の位置を確認してから、小声で続ける。

「天然な部分も、もちろんあるんでしょうけど……でも俺、人間っていつもいつもあんな風にしていられる訳ないと思うんすよ。やっぱ、素でいると辛いから、そうなっちゃうんすかね?」

 よーこ先輩は、少し淋し気な顔になって、遠くでギター抱えて笑っているぴりか先輩を、じっと見つめながら言う。

「キミは、なんて言うか……得意なのかしらね、そういうの。」

「どういうの?」

「対人知性、とでも言うかな。人の心を見るのがうまいというか。」

「そう言えばベス・ディットーもレズでしたよねえ。」

 唐突に、音楽界の話題を、さりげなーく挟むふり。

 あまり間を置かず、よーこ先輩は困ったように、笑いながら応じる。

「そう言われちゃうと実もフタもないねえ。本人の自覚より、さらに直裁的な単語を、突然当てはめられちゃってもねえ。」

「あ、自覚、ないすか。」

「ないことはない。ただ……ここまでの気持ちになったのが、そもそも初めてだから。」

「はあー。」

 特にそれについての感想はありません、という、親切にして曖昧な返事。

「キモい?」

「いや別に。と言うか、俺も間近に知り合いになるのが初めてなんで。新鮮と言うか。」

「それでよく、わかったねえ。」

「それはまあ。出てるオーラがストレートな奴らと同じだし。」

「出てる? オーラ?」

「出てるっす。」

「やっばーい。」

 頭を抱え込んで笑い出す。業平も同じ笑いを返し、それで真面目モードが終息してゆく雰囲気になる。

 まわりに後輩たちも、ちらほらと寄ってきた。そろそろ、ここはお開きにして、次へ行くメンバーを確認し始めている。

「えーっ!? 来ないのぉー!? そんなあー!!」

 と叫ぶ後輩どもに囲まれて、ぴりか先輩が困り笑いで、にゃはは、と頭をかいている。

 その隣で、ミツアキはまるで熱でも冷ますみたいに、こめかみにポカリの缶を押し当てて、眠いような顔して笑っている。

 

 

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