7
つらいひと
「次。シュガーキューブス時代のビョーク。『バースデイ』の絶叫部分。」
と前置きして、ぴりか先輩がギターをつま弾きながら、とんでもない声を出す。
「……あ゛あ゛あ゛っはぉーん、あ゛あ゛あ゛、イーイはぉーん♪」
「おおお!? これを出せる奴に会ったのは初めてだー!」
「クランベリーズ。『ゾンビ』の絶叫部分。えーえっへーえっへーえっへーえっ♪」
「うわあ、似てるー!」
「矢野顕子。『どーもありがとー、Thank you very much、good night tokyo!』」
「そのままやんけー!」
「はじめてのチュウ。……ねむれないよーおおるっ、きみのせいだやーおぅ♪」
「わはははは! ぴりか先輩、あんたどっかにサンプラー内蔵されてんじゃねーの!? 人間じゃねーよー!」
げたげた笑って七転八倒する業平とミツアキを眺めて、よーこ先輩が少々、感心した声で呟く。
「あたしらもよく、なるけどさ、こういう状態……キミたちのは、ど外れてるよ、程度が。よくもまあそんなに笑えるね?」
「らっきょがころげても……と言うのは、女の子用の諺だと思っていたけれど。」
と、朔太郎先輩が相槌を打つ。
「それに、音楽系の人は、どちらかと言うとあまり笑わない印象が強かったんだけれどね。自分のまわりを見まわすと。」
「あー多いすね、ムッツリした奴。」
と言ってミツアキが、ひっくり返った椅子を戻して座り直す。
「その辺、自覚、あるっす。おかしいのは俺ら。」
「ひゃはははは」
それだけでもう笑える。
演劇部の部室からドアひとつ隔てた、大道具置き場。やたら悪趣味な家具が揃ったこの部屋で、もう3日連続の練習後の飲み会だ。と言っても、業平とミツアキがスキットルに入ったウィスキーをまわしているだけで、他のみなさんはお上品にお茶だったし、滝先輩がさっさと帰っちゃうのはどーにも淋しかったが。
「演奏してると、笑えるよね。なんでだろうね。」
と、これも3日連続の『たこむら』のたこ焼きをはむはむと頬張りながら、ぴりか先輩が言う。どうも、よっぽど好きらしい。
「そーくんもよく、叩きながらけらけら笑ってたなー。叩いてる時以外は、ぜーんぜん笑わないひとだったのに……」
「ドラム?」
とミツアキが、好奇心全開で尋ねる。
「前、一緒に演ってた人? もしかして、彼氏だったとか?」
「当たらずしも遠からずだねえ。」
とぴりか先輩が、妙にしみじみと答えたので、その場にいた全員が、おおっと小さな声を出す。
「つーか、お兄ちゃんだったんだけどね。」
なーんだ! ははは……と、全員でオチようとして、全員でひっかかる。
なんでそれで、彼氏が当たらずしも遠からずなのだ。
あと、なんで過去形なのだ。
妙にしーんとしてしまった上に、当のぴりか先輩が全く我関せずで、はむはむたこ焼き食ってるもんだから、誰かが、ちゃんと尋ねなければいけないような気になって、おそるおそる、業平が口火を切る。
「なんで、お兄ちゃんが彼氏で、当たらずしも遠からず、なんすか?」
「好きだったから。」
ざざっ、と全員が少し身を引く。
それから、よーこ先輩が、気を取り直すように、もう一度、身を乗り出してつなげる。
「あー……あるよねえ、よく。小さい時なんか。大きくなったら、あたしお兄ちゃんのおヨメさんになるんだー、みたいな。そういう話でしょ?」
「うん。」
こっくりと頷く。それで再び、なーんだ! とオチかけたところへ、ぴりか先輩は確固たる口調で続ける。
「そーくんとせっくすして、そーくんのこどもをうむんだとばっかりおもってたよ。」
がたがたがたーっと全員椅子ごと後ずさる。
「……それが、宇宙の完成だと思ってた。そーくんと、ぴりかが結びついて、それが、ひとつの物語の完成。そいで、その後の時間は、もうないの。でも、そうなる前に、そーくん死んじゃった。」
そう言ってぴりか先輩は、残りのたこ焼きを、しみじみ眺める。
「だから多分、間違いだったんだねえ。」
うんうんと、ひとりで納得するように、小刻みに頷く。
どうしていいんだか、みんなが途方に暮れていると、ミツアキががたんと椅子を倒して立ち上がり、業平の手から、スキットルを奪い取る。
狭い飲み口からぢゅーぢゅーと、吸いつくようにウィスキーかっくらい、ぽいと乱暴に放り出すと、やおらぴりか先輩の椅子の脇に跪いて、手を握りしめる。
「俺とセックスして、俺の子供産んで下さい。」
「おーいー!?」
「きゃははははっ」
と、ぴりか先輩はバカ受けして笑い、残りは残りで、半怒り半笑いで、ミツアキをどつき倒す。
半分はマジ、しかしもう半分は思いっきり意図的に、この大騒ぎでわーっと持ってってわーっと流してわーっと次行ってしまえ!
という見え見えの作戦は、全員の一致した協力体制の下に、どうにかこうにか上手くいった……
と、思うんだが。
それからわりとすぐにお開きになって、帰り道、
「お前あれ、マジだったろ。」
と、業平が尋ねると、ミツアキはぼーっとした顔で、
「……あ? なにが?」
と、とぼける。
「いーから、いーから! ま、確かにちょー……っとヘンなヒトだけど、かわいいしさ。いっこ上だけど、いいと思うよ俺。ミツアキにだったら、ばっちり似合う。」
「……女で、あれだけ弾けて、しかも弾きながら歌えるやつって、そういねーよな。」
くそ真面目に、そっちに話をそらす。
「パート被ってなけりゃ、ソッコーでスカウトしてんだけど……」
「そーゆーんじゃねーだろ。似・合・う、っつってんだから、友達の言うことは信じようねっ。……なんなら俺、動くけど?」
言いながら、がっちりと肩を組み、にやにや笑って顔を間近に覗きこむ。
「いや……」
景気付けが効きすぎたのか、少々足元ふら付かせながら、ミツアキは眉間に、自分の拳をごつごつと打ち込む。
「あれはじょーだん。もんのすげえどっちらけてたから、なんとかしてやろうと思って言っただけ。」
「また、そーゆー」
「ホントだって。俺……そういう場合じゃねーしよ。あんな辛そうな人、なんとか助けてやれるほど、自分が大丈夫じゃない。」
突然、会話が自分の理解のレベルを超えたような気がして、業平は打たれたように、黙り込む。
その業平に、聞こえるか、聞こえないかくらいの小さな声で、ミツアキはもう一度だけ、呟く。
「助けて、やりてーけど、な……」
わからない。わからないところから動けない。動きたくない。
誰か、説明してくれる奴はいないのか? そう思って、ミツアキの顔ばかり、じっと眺めてみたけれど、ミツアキももう、それ以上言うべき言葉は持っていないようで、ただ、ふらふらと歩き続けるばかりだ。
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