minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

5

  昼寝にいいところ

 

 

「っはようございあーっす!」

 と叫んで、演劇部の部室のドアをばーんと開ける。

 業平はもう、ここへの道をすっかり覚えた。中等部の体育館裏から、新たな踏み分け道を、日々、鋭意製作中だ。

 もうずっと以前から、自分がここの住人だったような気がしている。居心地、スゲーいい。

「また来たの? ちょっとは自分とこの後輩の面倒見なさいよ。あんた、部長なんでしょう?」

 と、窓際に置かれたクラシックな足踏みミシンをかたかたやりながら、こっちを見もしないでつけつけと言って寄越すのは、ぴりか先輩の親友、福岡滝先輩。……中等部では、結構有名だった人だ。

 去年の文化祭はサイアクだった。会場にずらーっと並んだ椅子のほとんどがカラッポ。前の方に部員のダチとか、業平やミツアキの固定ファンが少しいるばっかりで、そいつらも、人が少ないもんだからイマイチ、拍子抜けしたカンジでノリが悪かった。

 それもこれも、時間がバッティングした手芸部のファッションショーに、女の子のほとんどが詰めかけちゃったせいだ。つまり、去年の手芸部長だった、この人のせい。

「別に教えるようなことなんか、なんもないっすからねー。こんなもん結局、自分でどれだけ努力するかっしょ? 部長がいて、あーしろこーしろとか言われないとなんもできないような奴らなら、勝手に滅びりゃいいんすよ。」

「……そりゃ、その通りね。」

 と言って滝先輩は、ふんと小さく鼻を鳴らした。

 なんとなく業平は、滝先輩にはシンパシーを感じる。ムダな情けとか持たない女って、俺、好きだなあ。

「っと、お二人は……?」

「小体育館のステージ。先にこっちの文化祭の練習してるわ。夏に高文連でやった芝居繰り返すだけだから、大して手間はないそうだけど、そっちのお手伝いばっかりしてるわけにはいかないの。」

「あ、それって、ぴりか先輩の衣装すか?」

 ミシンの上の黒いビスチェを見て言うと、滝先輩はすぐに立ち上がって、

「これの上に縫い付けるの。」

 と言いながら、壁の釘に引っ掛けたハンガーを下ろす。クリーム色のレースだけでできた、タートルネックのワンピース。

「それで、ボトムにチュチュを組み合わせて、その下に黒のスパッツ。靴は、編み上げの黒いブーツ持ってるって言ってたから、それ履いてもらうわ。ロックの衣装って初めてだけど、こんなのでイメージ合ってる?」

「ばっちりっす。」

「当日、ヘアとメイクはあたしがやる、被り物はなし。だけどあの子のことだから、なにか変な物持ちこんで、勝手に被りたがるかもしれない。その時は自分で阻止して。」

「らじゃー。」

「よーこ先輩の方はもうちょっと待ってね。ワンパターンにはしたくないし、この前のイメージが薄れるまで考えたくないの。」

 事務的な早口で、それだけ言って、またミシンの前にすとんと腰を下ろす。

 そして黙って、かたかたと踏み始める。

「滝先輩。」

 と、すぐ側に立って呼びかける。

 振り向いた顎に手をかけて、顔を近づける。

「スゲーきれい。」

 がつーん、と鼻に一発くって、業平は後ろの壁に激突する。

「いってー……グーでやりますか、普通? ビンタでしょせいぜい」

「普通を語るな! 自分のやってることは常識的だとでも言うつもり!?」

「範囲内っすよー。きれいだなーと思っちゃったんだから。」

 鼻がむずむずしてきて、手で強くこすってみたら、指先に赤い物がついた。

「うぎゃーっ! はなぢぃぃぃぃ」

 冗談めかして叫んでみたが、滝先輩はもうカンペキ無視。

 くやしいので、ティッシュをねじ込んだヘンな鼻声で質問してみる。

「ぜんばーい。好ぎなおどごなんがいまずがー?」

「いーかげんにしないと、ぴりかは貸さないよっ。」

 真剣に怒ってる声だったので、いったん退却する。

 

 廊下に出ると、吹き抜けのホールいっぱいに、ウクレレが鳴り響いていた。

 回廊のいちばん端で、古い肘掛け椅子に腰を下ろして、松野先輩がボサノバの曲をやっている。音響、最高。

 手すりにもたれて、しばらく見物する。松野先輩は、業平に気づいて、ちょっと笑いかけてくる。

 本当にハワイ人の血が入ってるとかで、肌の浅黒い南方系の色男が、そんなふうに挨拶代わりに「ちょっと笑いかけて」来たりすると、似合いすぎて、見ている業平の方が、少し照れ臭くなる。

 何曲か聞いてから、目だけで挨拶して立ち去る。音楽系同士って、ラク。

 

 階段の途中に、猫が寝転んでいた。

「よお、きゅうり。」

 呼びかけて、ひとつ下の段に座り、ちょっと喉を撫でてやる。きゅうりは眠そうな目を少し、開いて、ごろごろと喉を鳴らした。業平はわりと、猫には好かれる。

 開け放した入り口の扉から、ふわーっと涼しい風が吹き込んできた。そうか、だからこいつ、ここにいるのか。

「いい暮らししてんなあお前。こんなキモチイイ音楽、生で聞きながら、のんびりとお昼寝かよー。んー?」

 (…………。)

「ところで、前から不思議に思ってることがあるんだけど、聞いていい?」

 (…………。)

「お前、なんで『きゅうり』なの? サバトラなのに。」

 (…………。)

「食うのか?」

 (…………。)

「まさかな。」

 そう言って、後ろの壁にもたれかかり、一緒に目を閉じて、少しウトウトする。

 

 

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