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昼寝にいいところ
「っはようございあーっす!」
と叫んで、演劇部の部室のドアをばーんと開ける。
業平はもう、ここへの道をすっかり覚えた。中等部の体育館裏から、新たな踏み分け道を、日々、鋭意製作中だ。
もうずっと以前から、自分がここの住人だったような気がしている。居心地、スゲーいい。
「また来たの? ちょっとは自分とこの後輩の面倒見なさいよ。あんた、部長なんでしょう?」
と、窓際に置かれたクラシックな足踏みミシンをかたかたやりながら、こっちを見もしないでつけつけと言って寄越すのは、ぴりか先輩の親友、福岡滝先輩。……中等部では、結構有名だった人だ。
去年の文化祭はサイアクだった。会場にずらーっと並んだ椅子のほとんどがカラッポ。前の方に部員のダチとか、業平やミツアキの固定ファンが少しいるばっかりで、そいつらも、人が少ないもんだからイマイチ、拍子抜けしたカンジでノリが悪かった。
それもこれも、時間がバッティングした手芸部のファッションショーに、女の子のほとんどが詰めかけちゃったせいだ。つまり、去年の手芸部長だった、この人のせい。
「別に教えるようなことなんか、なんもないっすからねー。こんなもん結局、自分でどれだけ努力するかっしょ? 部長がいて、あーしろこーしろとか言われないとなんもできないような奴らなら、勝手に滅びりゃいいんすよ。」
「……そりゃ、その通りね。」
と言って滝先輩は、ふんと小さく鼻を鳴らした。
なんとなく業平は、滝先輩にはシンパシーを感じる。ムダな情けとか持たない女って、俺、好きだなあ。
「っと、お二人は……?」
「小体育館のステージ。先にこっちの文化祭の練習してるわ。夏に高文連でやった芝居繰り返すだけだから、大して手間はないそうだけど、そっちのお手伝いばっかりしてるわけにはいかないの。」
「あ、それって、ぴりか先輩の衣装すか?」
ミシンの上の黒いビスチェを見て言うと、滝先輩はすぐに立ち上がって、
「これの上に縫い付けるの。」
と言いながら、壁の釘に引っ掛けたハンガーを下ろす。クリーム色のレースだけでできた、タートルネックのワンピース。
「それで、ボトムにチュチュを組み合わせて、その下に黒のスパッツ。靴は、編み上げの黒いブーツ持ってるって言ってたから、それ履いてもらうわ。ロックの衣装って初めてだけど、こんなのでイメージ合ってる?」
「ばっちりっす。」
「当日、ヘアとメイクはあたしがやる、被り物はなし。だけどあの子のことだから、なにか変な物持ちこんで、勝手に被りたがるかもしれない。その時は自分で阻止して。」
「らじゃー。」
「よーこ先輩の方はもうちょっと待ってね。ワンパターンにはしたくないし、この前のイメージが薄れるまで考えたくないの。」
事務的な早口で、それだけ言って、またミシンの前にすとんと腰を下ろす。
そして黙って、かたかたと踏み始める。
「滝先輩。」
と、すぐ側に立って呼びかける。
振り向いた顎に手をかけて、顔を近づける。
「スゲーきれい。」
がつーん、と鼻に一発くって、業平は後ろの壁に激突する。
「いってー……グーでやりますか、普通? ビンタでしょせいぜい」
「普通を語るな! 自分のやってることは常識的だとでも言うつもり!?」
「範囲内っすよー。きれいだなーと思っちゃったんだから。」
鼻がむずむずしてきて、手で強くこすってみたら、指先に赤い物がついた。
「うぎゃーっ! はなぢぃぃぃぃ」
冗談めかして叫んでみたが、滝先輩はもうカンペキ無視。
くやしいので、ティッシュをねじ込んだヘンな鼻声で質問してみる。
「ぜんばーい。好ぎなおどごなんがいまずがー?」
「いーかげんにしないと、ぴりかは貸さないよっ。」
真剣に怒ってる声だったので、いったん退却する。
廊下に出ると、吹き抜けのホールいっぱいに、ウクレレが鳴り響いていた。
回廊のいちばん端で、古い肘掛け椅子に腰を下ろして、松野先輩がボサノバの曲をやっている。音響、最高。
手すりにもたれて、しばらく見物する。松野先輩は、業平に気づいて、ちょっと笑いかけてくる。
本当にハワイ人の血が入ってるとかで、肌の浅黒い南方系の色男が、そんなふうに挨拶代わりに「ちょっと笑いかけて」来たりすると、似合いすぎて、見ている業平の方が、少し照れ臭くなる。
何曲か聞いてから、目だけで挨拶して立ち去る。音楽系同士って、ラク。
階段の途中に、猫が寝転んでいた。
「よお、きゅうり。」
呼びかけて、ひとつ下の段に座り、ちょっと喉を撫でてやる。きゅうりは眠そうな目を少し、開いて、ごろごろと喉を鳴らした。業平はわりと、猫には好かれる。
開け放した入り口の扉から、ふわーっと涼しい風が吹き込んできた。そうか、だからこいつ、ここにいるのか。
「いい暮らししてんなあお前。こんなキモチイイ音楽、生で聞きながら、のんびりとお昼寝かよー。んー?」
(…………。)
「ところで、前から不思議に思ってることがあるんだけど、聞いていい?」
(…………。)
「お前、なんで『きゅうり』なの? サバトラなのに。」
(…………。)
「食うのか?」
(…………。)
「まさかな。」
そう言って、後ろの壁にもたれかかり、一緒に目を閉じて、少しウトウトする。
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