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音合わせ
「っというわけで、2ヶ月後の文化祭にゲストで出てもらうことになった、高等部3年の土井陽子先輩と、1年の畠山ぴりか先輩だ! 全員、以後見知り置けーい!」
と、言い渡すと、中等部の軽音部員一同、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなる。
そのカッコのままで来て、お願い! と、泣かんばかりに取りすがって頼んだ甲斐があったというものよ。俺様にこんな衝撃だったのだ。ついこないだまでランドセル担いでいた1年生など、さぞかし脳みそが腸捻転を起こしたような感覚であろう。泣け。喚け。
「俺、あの人知ってる。高等部の芝居に出てるの、見たことある。」
「きょーれつ……」
「なんで学校であんな服着てんだ?」
「取り締まれよ誰か。キョーイクにいくねーよ。」
一部の3年生どもが、ぶちぶちと失礼な口を利く。
注意しとこうかな、と業平は一瞬、思ったけれど、当のよーこ先輩がまるで平気な……というか、むしろ楽しんであおっているような顔をしているので放置する。多分、こういう反応は、この人にとってはすでに賞賛に等しいのだ。
「うわあー、アタマのチクチクなコドモがたくさんいるうー!」
と叫んで、ぴりか先輩が、手近な1年生の髪の毛の先を、手のひらでサクサクしてみている。
「うおお、かったーいっ。キミ、固いよコレっ。チクチクチクチク。」
「あっ、ど、どうも……」
「なにで固めてるの? のり?」
「ムースです。」
「えい。」
何の脈絡もなく、コキッと首を折る。
「いで! なにすんすか!」
「あごめんね、よく見えないの。オイラちっちゃいから。ふーん、根本までばりばりだねーえ。」
それから鼻を近づけて、ふんふんとニオイを嗅ぎ始める。1年生、中腰で首を折ったまま、表情がハニワのように虚ろに固まる。
「グレープフルーツのかほりだあ。」
「あ……ええ、まあ。」
へっくしょい、と盛大なクシャミをかましてから、ぽつりと呟く。
「ハナにはいっちゃた……」
1年生、うわあああと叫んで逃げ出し、置いてあった誰かのタオルで、頭をごしごしと拭いた。
「しつもん、しつもーん! なんでアタマに、タコ被ってるんですかー?」
と、副部長のキーボード奏者が、果敢に立ち向かっていく。
「ウニに対抗するためさっ。」
「……はあ。」
「というのは嘘。オイラのいちばん尊敬するギタリストのマネ。」
「誰ですか?」
「いいんだ。知らない人は知らなくて。」
「はあ……」
「わりいけど、10分だけ交代してくれ。」
と言って、業平が手をしっしっと振り動かすと、練習中の2年生バンドが、しぶしぶと撤退する。部長権限発動。どうせ、こいつらもゴースツだ。
「……ぴりか先輩、つなぐとこわかるっすか? よーこ先輩、ちょっと、歌うときの声出してみて……おっけー。おいお前。」
ドラムセットから下りようとしていた奴に声をかける。
「スティックはそこ置いとけ。」
「え、八雲先輩が叩くんすか。」
おーっと後輩どもから歓声が上がる。ベーシストの業平の方が、ドラムだけやってる他の部員よりも叩けたりする。
あんまりやると、他のドラムがふてくされるから、できるだけ部員の前ではやらないようにしていたが、この二人に合わせられる奴は、他にいない。
「いやーだ、あたし、こんなマイク持って歌うなんて初めてー。」
と言って、よーこ先輩が照れたように身を揺さぶると、部員一同、うっひゃあああああ……という感じで壁際に張りつきにいく。だが、演奏が始まると、途端にぴたりと黙りこむ。
やがて、さっきの見物の先輩たちと同様、あっという間に興奮の波に飲みこまれて、笑いながら飛び跳ねだした。
この人たちの没入の仕方って、ハンパじゃねーわ……。
ただの音合わせだというのに、全身の肉をぶるんぶるん揺すりまくって絶唱するよーこ先輩と、ステップも軽く気合い入りまくりのぴりか先輩の後ろ姿を見ながら、業平は、ここしばらく味わっていなかった感覚が、久しぶりに降りてくるのを、視覚的に捉える。
自分のパートじゃない。ずっと続くバンドじゃない。一回限りの企画物のセッションだってのに。
こんなに手応えがあるって、どーよ。
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