minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

3

  遭遇

 

 

「しっかし、すげえカンちがい野郎だったな、あのボーカル。」

 細い踏み分け道を歩きながら、前を行くミツアキが、けけっ、と思い出し笑いをする。

「ゴーヘー、気づいたか? あの、2曲目の、オン・ユア・なんたらいう曲。」

「お前のソロんとこだろ! 見た見た。あれ、絶対あれやろうとして失敗してたよな。マイク回し!」

「ゴツッ、とかいってな。」

「思いっきり音拾ってんの。歯に当たってたぞあれ。」

「そーいうことする前に歌の練習しとけだよなー、ヘタクソなんだから。あとあれ。『きみに~であーうまで♪』」

「Bメロ全部裏声! 笑った笑った。出ねえなら選ぶなって話だよなー。自分の声域くらい考えろ。」

「そもそもなんでゴースツのコピバンばっかやりたがるわけ? 自分とこの卒業生だからって、なんか、マネしなきゃいけねーギムとかあんのかよ?」

「義務はねえけど、やれば確実にウケるってわかってっからな。もう文化祭のステージなんか、ひとつおきにゴースツがあるのが定番になってんもん。あれ、知ってるか? 深夜でやってたんだけど、あそこがクリスマスに、日比谷で演った時、ボーカルがMCで、こう、マイクを包むように持ってさ。客席に向かって、『子供の頃からの、夢でした』。」

「ふんふん。」

「そいで続けてなにか言おうとしたところへ、客のひとりが先走ってさ、『クリスマス日比谷!』って。最前列から。」

「ほいで?」

「『違います。電車の運転手です』……で、場内爆笑になるんだけど、それを文化祭で、そっくりそのままやるんだな、これが。『子供の頃からの、夢でした』『桃李文化祭!』『違います電車の運転手です』ここまで揃えるよ!」

「っかー。お約束の世界かよー。」

「それで客も笑ってっし。」

「死ねよ。」

「ホントだよ。生きてる意味ねーよ。」

「全員首吊って、ゴースツの魂に合祀でもしてもらえ。」

「その方が本望かもな、ああいう奴らはな。」

 笑いながら、林の中の道を、一歩一歩踏みしめていく。

「なあ……これ、道、合ってるか?」

 と、先頭のミツアキが言って、二人で立ち止まる。

 ずっと、おおむね真っ直ぐだった踏み分け道が、そこで大きく、左へとカーブしていた。

「なんか……思ったよりでけえ林だなあ、これ……」

 と、額の汗を拭いながら、業平が言う。

「無責任なこと言うなよ、お前の学校だろ?」

「俺が植えた林じゃねーよ。」

「どっちだよ中等部。」

「方角的には、こっち……」

「じゃーぜんぜん反対じゃねーかよこの道と。」

 と、ミツアキが笑いまじりの呆れ声を出す。

 業平も頭をかいて笑い、

「引き返すか?」

 と言いかけた、その時。

 風に乗って、音楽が聞こえた。

 瞬時に二人は、息をひそめ、耳を全開にする。

「ギター……ボーカル……」

「ベースもまじって……」

「いや、違う。ギター1本だ、これ。」

「ああ……ドロップチューニングか。」

「……くそ、風がやんだら、聞こえなくなった。」

「行ってみようぜ。確か、こっちの方から吹いてきた。この道って多分、そいつらのいる場所につながってるんだよ。行けるとこまで行ってみようぜ。」

「おっしゃ。」

 各々の楽器を担ぎ直して、足早に歩き出す。

 

 歩くにつれ、音楽は大きくなる。

 もうはっきりした。ボーカルは女で、なにか、洋楽のコピーをやってる。

 それほど歌い込んでいる感じじゃない。音は外れるし、高音が出ない。でも、声はひどく個性的で、おもしろい。

 それに、ギターは間違いなく、いい腕してる。

 ドラムの音がしないから、リズム隊ぬきで、ちょいと練習でもしてるんだろうか。だが、それにしてはボーカルの声に、真剣勝負を感じる。

 それに時折、どっと大受けしたような、大勢の歓声が混じるのが、どうもわからない。ちゃんと見物している奴らがいる。

「なあ、これ、なんだっけ、この曲。俺、聞いたことあるんだけど……えっとー」

 中指の先で、ぎゅうっと眉根を持ち上げながら、ミツアキが必死で記憶をたぐっている。

「うん、俺も……さっきから思い出そうとしてるんだ。確か、あん時に一緒に見なかったか? ほら、スタジオの店長がさ、閉店後にユーチューブで、いろいろと……」

「ああ。今、向こうでスゲーのはこいつらだ! みたいなのをいろいろと教えてくれたっけ、あの時か! そうそう、確かにこれ、混じってたな……」

「そんなにシュミじゃなかったのかなあ、バンド名覚えてねーってことは……」

「うん……でも、こうやって聞くとわりといい曲なんだけど……」

「なんで出てこねーんだ?」

「うーん……」

 考え、考え、歩き続けているうちに……ぽっかりと、林が開けた。

 

 見るなり、二人は理解した。……そう、俺らってまだ、中坊だしー。こういうのが好きだって、人前でハッキリ言いきれるほど、オトナになりきれてなーい。だから、遮断してましたあ……

 二人の目の前には、ひと昔前のミステリードラマに出てくる洋館みたいな、古ぼけた建物が出現していた。

 それをバックに、がんがんにノリまくる、二人の対照的な女。

 ギターを弾いてるのは、ギターの方がでけえんじゃねえの、というくらい、背の小さな女の子。……ちなみに、なぜか高等部の制服の上から、唐草模様の風呂敷を羽織ってマントにして、頭には、地元のメジャーなたこ焼き屋『たこむら』のキャラクター、『タコリーノ』のぬいぐるみ帽を被っている。ひとフネ買うごとに、1枚貰えるスクラッチ・カードのポイントを、確か、200とか500とか貯めないともらえないやつ。

 体つきの割に、手は大きい。飛び跳ねたり、ターンしたり、大暴れしながら弾いてるくせに、細くて長い指が、きっちりきっちりコードを押さえていく。

 その手つきを見て、業平は、これは多分、子供の頃にバイオリンかなにかを習わされていて、後からロックに移行してきたタイプだな、と見当をつける。桃李には、その手の人間が大勢いる。業平自身も、3歳からピアノを叩き込まれている。

 そして、ボーカル……ギターの女の子を、3人束ねたくらいの腰回りに、がっつりと刻まれた下腹の肉のひだもあらわに浮き出る、ぴっちぴちの深紅のキャミソールドレス。

 細く整えた眉の下の、マスカラを入れた目はぱっちりと大きく、真っ赤なルージュをひいた唇も色っぽい感じ。遠目、べっぴんに見えたりするけど、あのウィッグで隠れてる部分の頬肉を出したら、また話は別だろうな、と思う。

 出血大サービス的な胸の谷間……歌いながら飛び跳ね、身をよじる度に、ぶるんぶるんと過剰に揺れて、15歳の健全な少年には、耐えがたいフェロモンを振り飛ばす。

「ザ・ゴシップ……」

 とミツアキが、気が遠くなりそうな声で、ようやく思い出したバンド名を呟く。

「ベス・ディットーっ!!」

 と業平は、脳にどっと吹き出してくるアドレナリンを感じながら、叫ぶ。

 すげえ! こいつらってなんだかよくわかんねえけどとってもすげえ!

「ひゃはははは! よーこちゃーん、さいっこー!」

「よーこ先輩ーっ! こっち向いてーっ!」

「結婚してくれーっ!」

 まわりで見ている連中が、てんでに叫びながら、拳を振り上げて踊りまくる。その、さらに周辺で、何人かの男たちが、腹を押さえて地面を転げ回っている。

「わ……わらいぢぬ……」

「あのっ。すいませんっ。せんぱいっ。」

 業平は、その、転げている男のひとりのそばに、駆け寄ってしゃがみこむ。

「……あ、なんだ? 中等部の子?」

 と、そのいがくりな、人の良さそうな先輩は、業平の制服を見て、笑いの下から応じてくれる。

「ここ、高等部の敷地っすか?」

「いや……まあ、そんなようなもんかな。微妙に違うけど。」

「あの人たち、何者なんすかっ。」

 演奏している二人をびしっと指差して尋ねると、その先輩は業平の肩にかかっているソフトケースを見やって、

「ああ、そういうことか。いや、別に音楽系の部活じゃない。あの二人は、高等部の演劇部員。時々お遊びで、こうやっていろんなヘンなことをやっちゃあ、ここのみんなをびっくりさせてくれる、というわけ。」

 と言って、まだまだくつくつと笑い続ける。

「えんげきぶぅ……?」

 そんなあ、もったいねー、と業平は思う。

 

 

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