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救出作戦
「わたしのせいで……わたしが、あんなネットなんかで、防ごうとしたせいで……」
大沢先輩は、地面の上にぺったりと座りこんで、慰めようもないほど泣いている。
猫はまだ、喚いている……騒ぎを聞きつけて、桃園会館にいたほぼ全員が集まってきていた。
「おおい! あった、あった、梯子はあったぞ!」
古いがらくただらけの桃園会館のあちこちで、役に立ちそうなものを物色してきた先輩たちが、三々五々、戻ってきた。
「脚立、物置にあったけど、ダメだあれ。腰ぐらいしかない。」
「竹竿あったから、とりあえず持ってきた。なんかに使えるかな?」
「園芸部に、あれはないのか? あの、テレビショッピングでよく売ってるじゃん。棒の先に、剪定鋏が……」
「高枝切り鋏か? ダメだよ、下から見えないんだから。猫切っちゃったらどーすんだよ。」
「一番広い布持ってきたから……下で受け止めなきゃいけなくなった時に使って。」
わいわいと大騒ぎだ。
「とりあえず、梯子で行けるとこまで行って、様子見ましょ。」
と、岩村先輩が提案して、猫が上った木の幹に梯子を立てかけて、登っていく。
「ああ……こりゃあ、ぜんぜん届かねえな。しかも枝細いから、これ以上先へは行けそうもないぞ……」
「うーん……」
下で、全員が腕を組んで、唸ってしまう。
「あれれ。みんないったい、なにしてるの?」
と、遅れてやってきたぴりかちゃんが、目を丸くして言う。多分、今までずっと死んでいたせいで、情報が入ってないんだな、と海斗は思う。
「猫がひっかかちゃったのよ。」
と、福岡さんが言う。
「ネコ?」
と言って、さらに目を丸くして、ぴりかちゃんは木の上を見上げる。猫はまだ、にゃあにゃあと鳴いている。
「こっ……これは……この状態は……」
と、突然、真面目な口調になって、ぴりかちゃんが言う。
それは、すごく珍しいことなので、その場にいた全員が耳をそばだてて、彼女の次の言葉を待つ。
「……やなぎのえだーにネコがいるっ、だから~♪」
「ニセアカシアじゃっ!」
べしっ、と高橋先輩が後頭部に一撃つっこむ。笑っていい状況じゃないので、全員がひくひくと、口元を引きつらせるのみにとどめる。
「バーカなこと言ってる場合じゃないの、ぴりか! 早くなんとかしないと、あの子、死んじゃうかもしれないのよ!」
「死?」
どつかれた頭をさすりさすり、ぴりかちゃんが不思議そうに、福岡さんを見返す。
「なんで?」
「なんでって、あのままじゃどんどん弱ってくじゃないの。自力じゃ外せないのよ。」
「なにが外せないの?」
「ネットが足に絡んでるの。」
「切ってやればいいじゃん。」
「どうやって?」
そう問われるや否や、ぴりかちゃんは、ひょいと梯子に取りついて、サルみたいに素早く登り始める。
「ふーむふむふむほむほむはーむ」
などと言う鼻歌と共に、あっという間に一番てっぺんにたどり着くと、
「ほいっ!」
というかけ声とともに、細い枝が、がさっとしなった。
そうか! あの、ちっこいぴりかちゃんなら、行けるかも!
という期待に全員が顔を輝かせそうになったその瞬間、
「いだーっ!!」
という絶叫と共に、ぼとっ、と落ちてくる。
「いたたたた痛い痛い痛い! この木の人、トゲトゲだよーう! トゲトゲトゲトゲトゲ」
「はあー……」
全員が、がっくりする。
「トゲの問題がなければ、猫の場所まで辿り着けそうか?」
ぬうっ、と天野が、ぴりかちゃんのそばに寄って言う。
ぴりかちゃんは、天野の顔を見返して立ち上がりながら、
「手前くらいまではね。一本下の枝の上を歩いて……そこへ、棒の先につけたナイフでも渡してもらえたら、あのヒモは切れると思う。」
と、彼女にしては筋道立った、長いセリフを喋った。
天野は、腰に巻いた、園芸用の道具をいろいろと収納しておくホルダーベルトから、ごつい革手袋を外して、黙ったままぴりかちゃんに手渡した。
ぴりかちゃんも、無言でそれを受け取って、手に嵌めながら、もう、梯子のほうへと歩いていく。
天野はベルトから、今度は小刀と、細引きを取り出す。誰かが取ってきた竹竿の先に、慣れた手つきできりきりと、小刀を縛りつける。
上手くいくかもしれない……。全員の胸の中に、今度こそ、確かな希望がわき上がってきた。
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