minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

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  異端への道!

 

 

 中等部3年の2学期、ほんの数週間程度だが、海斗はイジメにあった。

 それは、書き出してみれば、別にどってことのない、かわいいイジメである。

1) 話しかけても無視されました。

2) 女子に「キモい」と言われました。

3) 男子から、性的な事でからかわれました。

 スクールカウンセラー常勤、中流以上の家庭の子供ばっかりの桃李学園のこと、卒業も間近なそんな時期のそんな動きはそれほど深刻化せず、冬休みを挟んで自然消滅した。同じ程度の期間、同じ程度の目にあったことのあるやつなんて、星の数ほどいるだろう。

 けれど、海斗とってはもちろん、人生これで終わるかというくらいのストレスで、神経性の下痢を起こしたり、夜、寝付けなくなって母さんに添い寝してもらわなくちゃいけなくなったり、朝ご飯におカユが食べたい、胃が痛いからおカユじゃなくっちゃ食べられない、おカユおカユおカユ! と、だだをこねて遅刻やずる休みに持ち込んだことも、1度や2度ではない。

 掃除当番でゴミを捨てにいかなければならなかった時、明らかにひとりでは持って行けないくらいの量があったにも関わらず、同じ班の連中は、にやにやと笑うばかりで、誰ひとり手伝ってくれようとはしなかった。女子のひとりが、

「これもねー。」

 などと明らかにトゲのある声で言いながら、新たなビニール袋を背中にぶつけてきた。

 顔から血が、すーっと引いて行ってしまいそうな、なんとも言えずイヤーな感じの中で、ともかく半分ばかりのゴミを担ぎ上げた海斗に、救いの手を差し伸べてくれたのが、当時クラスメイトだった遠野史惟である。

 成績優秀、容姿端麗、強豪野球部のレギュラーで、開業医の跡取り息子。つい先頃、美人の手芸部長に告ってOKをもらい、毎日玄関で待ち合わせをして一緒に帰るしあわせ者。クラスの中心人物。

「うひょー、スゲー量だな高杢! 手伝うか? 俺、バカぢからだけはあるから!」

 そんな風に、冗談みたいに明るく言いながら、海斗よりずっとたくさんの量を運んで、一緒に往復してくれたのだ。

 見送るクラスメイトたちの、意外そうな、気まずそうな、なんとも微妙な表情……もしかしたら、あれがきっかけでイジメが沈静化していた、という可能性だって、なくはない。それだけの影響力のある男だ。

 けれど海斗は、遠野には、あまりいい印象を抱いてはいなかった。

 そこまでしてもらっておいてなんだ、ねたみか、ひがみか、そねみか、と言われたら、どうしようもない。だから、誰にも言ってはいない。

 並んでゴミを運びながら、遠野は海斗に気を回して、できるだけ共通の話題を探して、明るく接してくれた。テレビの音楽番組の話とか、学園の先生のゴシップとか、そういう、境遇とか価値観に、あからさまな違いが出てしまわないような話題。

 その、喋り方とか、笑顔とか、目つきの、そこらかしこに……

 海斗は、遠野の心の中で強固に凝り固まった、こういうような基本的な考え方を、感じ取らずにはいられなかったのだ。

「世の中って、こんなにハッキリ、顔がよくて、頭がよくて、要領がよくて、金のある家に生まれた奴から順に幸せになれるようにできてるのに……生まれつきで、ここまで差があるなんて、哀れだなあ!」

 

 その遠野を、それはそれはこっぴどく振った、と評判の福岡さんと……

「テメェが、なんで朝っぱらから口きいちゃったりしてんだよ! 死ね、裏切り者!」

 ちょぷちょぷちょぷ、と3連発で脳天チョップが入る。今日はずいぶん、頭をぶたれる日だ、と海斗は思い、この友人たちの勘違いの凄まじさにげんなりとする。

 昼休みの学食で、できるだけこういう話をしても差し支えないような、似たような非モテ系男子ばかりが固まったテーブルのすみっこで、海斗に対する異端審問が開始された。

「……あのな。口はきいてるけど、福岡さんだぞ? 僕のことなんか、キュウリかなんかと間違えてるに決まってるじゃんか。」

「当たり前だ。」

 と、天ぷらうどんセットAに付いてるいなりずしを口いっぱいに頬張りながら、青田が毒づく。

「誰も高杢が、福岡さんや畠山さんとおつきあいしてるなんてアホなことは思ってねーよ。おめーの立場なんか犬だ、犬。」

「なら何をうらやましがる。」

 と、海斗が言い終わらないうちに、3人は、

「うらやましいに決まってるだろ!」

「福岡さんの犬ならなりてーに決まってるだろ!」

「キュウリでもナスでもいいに決まってるだろ!」

 と一斉につっこんで、それから指を曲げてそこいらへんの虚空をつかむ。

「はーああ、俺、福岡さんのキュウリになりてー。」

「俺は畠山さんでもいい。黙ってればかわいいし。」

「ぴりかちゅわぁーん。僕をぽりぽりかじってー。」

「そー言えば高杢、この前そう呼んでなかったか? ぴりかちゃーん、て。」

「……呼んでるけど。あの人はなんて言うか。部活の誰からもそう呼ばれて」

「くそ、サル!」

「うにあたま!」

「いい気になるなあー!」

 罵倒され、おちょくられ、会話のダシに使われて合間合間でつっこまれながら、海斗はなんとなく、言いようのない違和感を覚えていた。

 なんと言うか……噛み合っていない。今、ここで4人は、福岡さんやぴりかちゃんのことを話題にしている、はずだ。

 なのに、この3人が言う「福岡さん」や「ぴりかちゃん」と、海斗の知っている「福岡さん」や「ぴりかちゃん」との間に、ものすごい齟齬があるような気がする。

 間近につき合えば……いや、海斗の位置だって、たいして間近とは言えないが……あの二人に対してそういう欲望を持ったり、もっと言えば、あの二人をそーいう目的に「使う」こと自体、ひじょー……に無理があると、簡単にわかるはずなんだが……。

 いったい、こいつら、誰のことについて喋ってるんだろう……?

「結局、ああいう女子ってさー、どういう男なら満足できんのかなあ?」

 と、額にさるじわの寄った卑屈な顔を、さらに卑屈に歪めて岡部がひそひそと言う。

「遠野でダメだもんなあー……ハードル高すぎ。」

「あれを超えるのはなあ。至難の業だ。」

「至難どこじゃねーよ、ヨッシーなんか、あと3万回くらい生まれ変わんなきゃダメなんじゃねーの?」

「地球滅んでるだろ! テメェこそどーなんだよ。おかぴーなんか、ゾウリムシがスティーブ・ジョブズになるくらい世代重ねたって、その世代で遠野みたいな奴のパシリやってるに決まってんだよ。」

「いや、その前に遺伝子途絶える絶対。おかぴーの代で途絶える。」

「お前、自分は残せる気か!?」

 半分冗談、半分本気。

 最早、ただノリを合わせるためだけに引き延ばされる、口論のための口論を、しばらくじっと聞いてから、海斗はぽつりと、口に出してみた。

「……そんなにすごいかあ? 遠野って。」

「…………。」

 しらーっとした雰囲気が漂う。

 やばい。ノリを止めてしまった。

「なに言っちゃってんの? 高杢。たかもくーん。」

 と、青田が陰険な声を出す。

「お前、やっぱなんか、図に乗ってない?」

「いや、いやいやいやいやいや、だからさ。」

 大慌てで場を取り繕う。

「そのう、ちょっと、小耳に挟んだもんだからさ。いやあの、福岡さんが、ぴ……畠山さんにね、『前につき合ってた男、顔とか評判とかはいいんだけど、つき合ってみたら実はすごい裏表で』……えっと、『金にせこい』とかね、『いやらしい』だとか……」

「いやらしいのか。」

「そうそうそ、なんか、そのう、あとはひそひそ声でよく聞こえなかったんだけど、だいたいなんか、そんなようなことを」

「そうかー!!」

 たちまち、全員が機嫌を直し、目をギラギラさせて、満足そうに笑い出す。

「やっぱなー!! 俺、あの手の男はムッツリーニだと思っていたわけよ。」

「よっぽどすげえことやらせようとしたんじゃねぇの? 福岡さんだって、ちょっとやそっとのことじゃ動じそうもねえし。」

「口には出せないような……?」

「なんだろう。なんだろう。なんなんだろーう。」

 罪悪感が、海斗の肩に、重々しくのしかかってきた。

 ……なにやってんだ、僕。仲間のご機嫌をとるために、福岡さんをダシにして。

 遠野のことまで、利用して……あいつは、あれでも、僕を助けてくれた。根本的にバカにしていようが、見下していようが、それでも、スジだけは通してくれた。なのに僕は、ここでこの雰囲気を持ち直すためだけに、口から出任せで、貶めるようなことをべらべらと……

「なあ、なあなあ高杢。福岡さんてさあ、遠野とやる時、すましてたと思う? それともツンデレかなあ?」

 ……その瞬間、海斗には見えた。

 今、3人の頭の中で、むくむくと膨らんでいく妄想が、はっきりと、手に取るように、よぅくわかった。

 それは、〈僕ら〉の妄想。

 これまでずっと、海斗自身も参加し続けてきた、自分では自分の女の子を見つける事のできない男子がみんなで仲良く共有している、あの妄想なのだった。

 

 

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