minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

10

  僕の歩く道

 

 

「ぴりかちゃんは……知らなかったんだよ。畑のもの取っちゃいけないって、多分、今まで教えられことがなかったんだ。キュウリが大好きで……いつもおやつに持ってくるけど、それは誰にも、親友の福岡さんにだって、一本もくれないんだよ。でも、お前のキュウリは、すごくおいしくて、おいしさのあまり感動して、これは分け合うべきものだって言って、僕にまで分けてくれた。それくらい、特別だったんだ。それくらい、人を感動させるものを育てたんだから……もう、いいじゃんか。これからはもう、勝手に取っちゃいけないんだってわかるよ。もう、しないよ。だから……ともかく、女の子にそんなことをしちゃダメだ。男子が女子に暴力を振るうのは、どんな場合だって、いちばん重大なルール違反だぞ!」

 天野はぴりかちゃんを見下ろし、黙ったまま、しばらく考えこむ。

 それから、口の中だけでぼそりと、

「ルール……」

 と呟いて立ち上がり、ぴりかちゃんを静かに、地面に下ろす。

「だ……大丈夫? ぴりかちゃ……」

 目が、うつろになったまま、ぴりかちゃんはぐらりと倒れかかり、2、3歩よろめいて、海斗の腕の中に倒れこんできた。

 どぱーん、と脳の中で、子供の頃に見た花火大会のスターマインが、30万発くらい、一斉に打ち上がったような心持ちが、した。

 

 テーブルの上に、ぽん、と本が置かれる。

 『日本という国』。日の丸をバックに、腕を組んで考えこむ、かわいい少年少女のイラストの表紙。

 見上げると、岩村先輩が、定食のトレイを持って、にこにこと人のいい笑いを浮かべて立っていた。

「ここ、空いてるか?」

「あ、空いてるっす。どうぞ、どうぞ。」

 ざわざわと騒がしい寮の食堂で、お互い、いつもより少し多めのおかずを取っているのを見て、

「いや、今日は、腹がへったな。」

「へりましたね。」

 と、笑い合う。

「天野は?」

 と、岩村先輩が、食堂の中をざっと見回して尋ねる。

「さあ……あれから、見てないっす。」

「あれもしかし、変わった男だな。」

「変わってますね。」

「しかし、高杢、役得だったな。」

 と、冷やかすように、けれど決していやみではなく、岩村先輩が言う。

「よくやったじゃないか。俺なんかあまりのことに、思考停止して動けなかったよ。」

「いや……」

 とだけ言って、海斗は俯き、いたずらにばくばくと飯をかっこむ。

 思い出すだけで、体じゅうが熱くなるようだ。

 口ごもって、あまり会話の続かない海斗を、岩村先輩は察したように、あとはもう大して口も利かずに、夕食を終える。

 この後は、10時までに風呂に入って、後は自由・学習時間。そして、11時までに消灯だ。

「その本、やるよ。俺はもう読んじゃったし、分厚い方も持ってるから。」

「いいんすか?」

「ゆっくり読めよ。光輝には言っといてやる。」

 そう言って、先に席を立って自室へ帰る岩村先輩を見送りながら、なんか、よかったな、と、海斗は思う。

 家を出てよかった。寮に来てよかった。歴研に入ってよかった。そして、今日、あんなふうに行動できて、とてもよかった。

 目を閉じると、ぴりかちゃんの体の感触が、鮮やかに蘇る。多分、二度とない。そして多分、一生忘れない。

 もらった本をじっと眺めて、読んでみよう、と海斗は思う。

 丹念に、一字一句余さず、この脳みそに、刻みつけるように読んでやるんだ。

 

 

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