minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

10

  満月

 

 

 おなかがいっぱいになると、誰しも機嫌が良くなる。

 結局、1年生たちは全員、ここの住人になることを決意したようだ。シソ研にひとり。歴研に二人。メガネの女の子、大村鈴は、「引退までの数ヶ月しか指導できないから」と断るウクレレ部長を熱意で押し切って、二人目の部員となった。

「高杢海斗、歴史研究会に入会しまーす!」

 おーーーーーっ!

「遊佐峰行、思想研究会に入会しまーす!」

 おーーーーーっ!

 決まる度に、名乗りを上げて、大騒ぎ。

「タキ。ねえ、タキも一緒に入ろうよう。」

 と、ぴりかが少し、心配そうな顔で、滝の顔を覗きこむ。

「どっかには、入んなくちゃいけないんでしょ? 柳場先生も、そうゆってたでしょ? あたし、今日いっぱーい見た中で、ここが一番ぶっとんでると思うよ。」

「それは同感だけど、あたしはお芝居なんかできないもの。」

 ヘタに入部して、おかしな役を割り振られたらかなわない。そう思って滝が首を竦めると、演劇部長が割りこんで言う。

「役者ばっかりじゃないよ。裏方だって必要。大道具、小道具、衣装にメイク、照明に音響、仕事はいろいろとある。」

「衣装……?」

 一杯だけ飲んだワインで、少しふうわりと浮くような意識になりながら、滝は居並ぶメンバーの容姿を、順繰りに目で追っていく。

 ぴりかは文句なし……背はチビだけど、プロポーションはいいし、存在感があるからなんでも着せられる。あそこで歌ってるウクレレ部長……あれも、もったいないわね。もっと斬新な柄でもなんでも似合うのに。

 和琴部長もお買い得。あの脚線美だし、背筋が伸びてるから、タイトなもの着せてもピシッとハマる。シソ研会長と、あの1年生は、タッパだけはあるか。その他、あれも、あれも、これも……一見、ぱっとしないけど、個性はあるし……こういじって……ああ、そうか、ああいうもの着せればいい。そしたら化ける。あいつにはこう。あれにはこう。あそこのあの子はこうすれば……

 次第に、脳の中に、アドレナリンが湧いてくる……なによ、こいつら。こいつら。

 使えるぢゃないのよ。

「どうしたの? 滝ちゃん。」

 と、演劇部長が不思議そうに尋ねる。滝は真っ正面から、演劇部長を観察する。

 ……この人に、似合う衣装。この人の迫力。この人の精神力。幾重にも重なった脂肪の層の下の、まぎれもない女性。

 がたりと、滝は立ち上がり、テーブルの上に出ていたビールのチビ缶をがつっと握りしめ、ぷしゅっとプルタブを開ける。

 部屋の中の全員が、なんだなんだと見守る中、ごっごっごっと一息に飲み干し、たむっ! と空き缶叩きつけながら、高らかに宣言する。

「福岡滝、演劇部に入部しまーっす!」

「おーーーー!?」

 なんだかわからないけど、めでたいぞ!?

 たちまち、全員が更なるおまつりムードに突入していく中、滝の頭の中ではすでに、次なるショーが開催されていた。あのホール。あの階段。回廊からもうランウェイは始まっている。あの滑車を使って、ぴりかを吊り上げるのもいいかもしれない。

 そして、この人。演劇部長、土井陽子。あたしの手で、この人の美しさを知らしめてやるんだわ。サイズ・ゼロ神話は崩壊している。世界中のトップデザイナーがまだ到達できていないようなところまで、このあたしが、福岡滝ちゃんが、行ってやるんだもんね!

 

「はーい、ただいまー。いろいろと買ってきましたよー。」

 ジャンケンで負けて、追加の食べ物を買い出しに行っていた歴研会長と、新入部員となった童顔男、太賀竜之介が、それぞれ両手にレジ袋を下げて、中庭に面したドアから帰ってきた。

「こっち、お好み焼きね。トン玉とイカとエビがふたつずつ。こっち、豚キャベツいためとヤキソバ大盛り。あと、たこ焼きもあるよー。」
「たこ焼き?」

 と、滝とぴりかが同時に叫ぶ。

 そうだ、忘れてた。あたしたち、二人でたこ焼きを食べに行こうとしてたんだっけ。

「たこ焼き……見てもいい!?」

 と、思った通り、先輩も敬語もへったくれもないぴりかが、歴研会長の顔を見ながら、うわずった声で尋ねる。

「え? いいよ、いいよ、もちろん。食べてもいいよ。」

「オイラこれ、ひとりで、ひとパック、食べてもいいっ!?」

「……い……いいけど」

「ふにゃあっ」

 そして、そのパックを両手に、そーっと抱え上げると、かさかさかさーっと摺り足で小走って、中庭へ飛び出していってしまった。

「ちょっと……どこ行くの、ぴりか。」

 呼びかけて、窓際まで追いかけ、そこで立ち止まる。

「これだこれだこれだー!」

 と、ぶつぶつ呟きながら、踊り回るぴりかの影が、園芸部のハーブ畑の中に、くっきりと照らし出される。

 空に、満月がかかっていた。月の光を浴びながら、ぴりかは両手で、たこ焼きのパックを天高く差し上げて、ふむふむと韻を踏むような、歌うような声で、ずーっとこんなふうに呟いていた。

「たこ焼きだよ、そーくん……あったよ、そーくん。たこ焼き、みつけたよ……そーくん、たこ焼き、ここにあったんだよ……」

 

 

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