minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

第二話 福岡滝、珍妙なる友を得る縁 1

  designer

 

 

「あたしたちみんな、滝ちゃんの部下じゃないし、スタッフでもないし……もう、一緒の部で活動するのは、こりごりなの。」

 びっしりと肩を寄せ合って立つ、顔なじみの女の子たち。みんながみんな、できるだけ前の人の陰に隠れるように、重なり合って立ちながら、こっちの顔を覗き見ている。

 その三角の陣形を見て、滝は、ボーリングのピンが、きちんと並んでいるさまを連想する。

 手芸部の部室を兼ねた、家庭科準備室の、前の廊下。

 高等部のそこは、中等部の部室より、もっと設備が充実して、もっと広々としていた。

 順番待ちをしなくてもいいだけの数の、最新機種のミシン。プロ用のアイロン。立体裁断用のトルソー。

 様々の資料も豊富にあったし、なにより、部費がたくさん出て、素材を買う時に、値段のために泣く泣くイメージと違う布を選ぶ、なんてことをしなくて済む。

 ここで、もっとすごい服を、たくさん作ってやるんだ……。そんな野望に燃えて、入部の手続きにやってきた1年生の滝を出迎えたのは、中等部からの手芸部メンバーの『直談判チーム』だった。

 先頭に立って、上目遣いに睨んでいるのは、中等部で副部長だった、長島風花。

 滝の作るワンピースやスカートを、3年間、ずっと憧れのまなざしで見続けていた。ちょうだいちょうだいとせがまれて、何着作ってやったかわからない。

 文化祭で、毎年恒例のファッションショーと、展示会。同学年の部員のほとんどは、一から十まで自分でデザインして、ひとり一着を作る、という課題をおっくうがり、滝が何着分も余分に作ってはボツにした型紙を、

「これ、あたし作っていい?」

 と言って持っていった。そして、

「ここ、すごく難しいから、手伝ってくれない?」

 と、デリケートな部分のほとんどを丸投げしてきた。

 中1の文化祭は、そんな風に、滝は表には出ないまま、実際の作業の半分をこなした。

 中2の文化祭は、全ての作品のデザインを手がけ、実際の作業の4分の3をこなした。

 そして、中3。部長になった滝は、ひとり一着、という規定を改正した。自分で作れない人は、無理して作らなくていい。ただ、部員である以上、自分にできる作業はすること。

「もちろん、自分の作品に専念したい、って人は、自由にしていいのよ。」

 と、言い渡したにも関わらず、部員の全員が、滝のデザインした通りの服を、滝の指示通りに作ることを選んだ。滝は少々、めんくらったし、そういう部員たちの態度を不思議に思いもしたが、

「だって、福岡先輩のつくるものって、もうブランドですよぉ!」

 という後輩たちの無邪気な賞賛を受けているうちに、そういうものかな、あたしって、それだけされてもいいのかな……なんて気もして、うれしくもなった。

 それで、張り切ってやった。

 アンケートを取って、人気の高いデザインは複数作ることにして、流れ作業のチームを作って効率的に量産した。部員たちは、ぺちゃくちゃとお喋りに興じて、作業の手を中断させることもしばしばだったが、それでも去年までの、のんびりとしたひとり一着体制より、生産力は断然、高まった。

 その一方で滝は、100パーセント自分の趣味的な奇抜な作品も、いくつか完成させた。もう、去年までのように、自分の名前で発表できるのは一着だけ、という決まりはない。そう思うと、次から次へと作りたい服のイメージが頭に浮かんできて、寝る暇さえも惜しかった。

 完成すると、その作品のイメージに合うモデルを校内から捜して、ショーに出てくれるように頼んで回った。部員だけでは、もう数も足りなかったし、正直、似合いそうな子は少なかった。滝が目をつけた女の子は、ドレスを見せて、説明を始めるか始めないうちにもう、

「着たーい! やるー!」

 と叫んで、二つ返事で引き受けてくれた。

 メンズの作品も何着か用意したので、男の子の勧誘もしなければならなかった。できるだけ背が高くて、肩幅があって、顔が遠くからでもはっきり見えるような男の子。それでできるだけ、ふざけてニヤついたり、照れてヘンなことしたりしないで、指示通り、まじめに歩いてくれるような子、いないかな?

「遠野くんがいいよ! あたしのクラスの、野球部の子。あたし、頼んでみる!!」

 と、副部長の長島風花が推薦してきた。そして翌日、風花と、その仲良しグループの何人かが、まるでお祭り騒ぎのようにして、遠野くんを連行してきた。

 そして遠野くんは、滝に惚れてしまったのだった。

 

 文化祭は、大成功をおさめた。

 校内の人気者を多数、起用したショーは、2日間とも大盛況。暗幕を張った教室で、教壇を並べて作ったランウェイ沿いに、4列ずつ並べた椅子の後ろにも、通路にも、大勢の立ち見ができた。廊下にもいた。

 滝が自腹をきって購入したメイク道具で、きれいに塗りたくられた部員たちが、トップバッターを勤める。念入りに選曲した音楽に合わせ、揃いの花柄のワンピースで、一列になって歩くと、場内のあちこちから、

「ほしいー! 買うー!」

 と言うささやきが聞こえた。

 男子生徒たちのマドンナ、保健室の宮部先生が、ふわふわのミニドレスではにかみながら登場すると、場内から一斉に「うおおおっ」という、男の子のぶっとい歓声が上がった。

 「上様」という渾名のついた、年配の社会科教師、岸先生には、深緑のスーツの上から「トンビのマント」を羽織って登場してもらった。この特殊な状況に、普段の授業と全くかわらぬ、苦虫をかみつぶしたような仏頂面のまま、冷静にランウェイを歩く岸先生の姿に、生徒たちはぴーぴーと口笛を吹き、惜しみない賞賛を送った。

 モデルを頼んだ女の子たちのほとんどは、

「あたしは真剣勝負でやってるんだから、みんなも自分が本当に、本職のファッションモデルになったつもりで、きっちり歩いてほしいの。」

 と言う滝の頼みをがっちりと受け止めて、真剣にやってくれた。

 が、男の子たちはやはり、照れが混じってしまうようだった。クラスメイトや、部活の後輩などに、

「ブッチかっけーぞー!!」

 とか、

「山下せんぱーいっ! いよっ、おとこまえっ!!」

 なとど声援を送られると、にやにや笑ったり、ピースピースしたり、

「るっせーよ、バカ!」

 と怒鳴り返したり。中にはランウェイから勝手に飛び出して、野次を飛ばした友達を、笑いながらぶん殴りにいく奴までいた。

「まあ、男の子はしょうがないか……」

 監督に徹していた滝が、カーテンの袖でぽつんと呟くと、

「俺、マジメにやるからね。」

 と言う、遠野くんの声が、耳のすぐそばで聞こえた。

 振り返ると、遠野くんは少し笑いながら、滝をじっと見ていた。そしてもう一度、

「真剣にやるから。」

 と言って、ランウェイに出ていった。

 きゃー、という女の子たちの、黄色い声援。ぱしゃぱしゃ弾ける携帯電話のデジカメのフラッシュ。

 やばいな、と、滝は思った。なにか、面倒なことが始まっている、という気がした。

 ショーは伝統的に、ウエディングで締めくくった。はにかむ宮部先生と、仏頂面の岸先生が、腕を組んで再登場すると、場内は収集のつかないほどの大爆笑に包まれた。

 

 2日目の午後に、部室で展示即売会をやった。

 部室の、家庭科準備室前の廊下には、お昼前から行列ができた。値段を、材料費プラスα、部費からの出費をほんの少し上回る利益が出せる程度に設定した作品たちは、あっという間に売り切れになった。

 もちろん、滝の100パーセント個人的な趣味で作った、奇抜な衣装は別だ……。こんな服、普段着ようと思う中学生がいるとも思えなかったし、もともと、手放すつもりもなかったから、値段は付けずに、ただ展示だけしておいた。材料費も、自分のお年玉貯金から捻出したものだったから、部に迷惑をかけるわけでもない。

 だんだん人気がはけて、静かになった頃、遠野くんが、ひとりでやってきた。

 そして、自分の着た衣装を指差して、言った。

「福岡さん、俺、これ、もらっていい?」

「……は?」

 何ずうずうしいこと言ってるの……的な態度が顔に出てしまったのだろう。滝の表情を見て、遠野くんは、少し慌て気味に付け加えた。

「いや、だから、買ってもいいか、ってこと。」

「買ってどーすんの、こんなもの。」

 実際、どうしようもない代物だった。遠野くんにあてがった衣装は、無意味な長いボタンホールをいっぱいつけた、ズタズタの白いタンクトップの下に、いろんな色のフェルトをみの虫方式でつないだダブダブのパンツ。その上から、無駄に大きなフードをつけた真っ白いマントを羽織らせて、納豆の入っていた藁をほぐして7色に染め分けたものをぞんざいに編んだ麦わら帽子もどきをかぶせた……というもの。純粋にお遊びの作品だったから、実用性なんか爪の先ほどもありはしない。

 遠野くんは、しばらく答えに窮してから、

「……記念に……」

 と、ぼそっと言った。

「ふーん、記念に。」

 と滝は、そっけなく応えた。

「……まあ、実際、これを全部しまっておくスペースはないし……いいよ、あげても。あ、でも、他のモデルさんたちにも、別にお礼とかは出してないから、やっぱり、遠野くんだけにあげるってのも……」

「買うよ、だから。」

 と遠野くんは、もう財布を取り出しながら言った。

「値段決めて。」

 まだ残っていた部員たちが、部屋のあちこちから、じっと成り行きを見守っていた。

 中に、長島風花の視線も、混じっていた。

「……三千円、かな。」

「おっけー。」

 ごそごそと、千円札を取り出して、滝に手渡す。

 中に何か、白い紙が挟まっていた。

 レシートか何かかな、と思い、つまみ出して返そうとして、気づいた。それは、手紙だった。咄嗟に、知らんぷりしてポケットにねじ込む。

 衣装をつめた紙袋をぶら下げて、遠野くんが出て行くと、長島風花が寄ってきて、

「いいのかなあ……学園の文化祭で、個人の売買とかして……」

 と言い、ちょっと意味ありげな顔で笑ってみせた。

 後から考えても、滝は、自分が非道だ、と確かに思う。

 その顔を見て決めたのだ。ちょっと、つき合ってみるのも悪くないかな、と。

 

 

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